
東京国立博物館で、特別展「空海と真言の名宝」を見てきた。
空海という人には、昔からどこか馴染みがあった。両親も空海が好きだったし、「お大師さん」という呼び名も、子どものころから耳にしてきた。歴史上の人物というより、日本人の暮らしの奥に昔からいる人、という感覚に近い。
会場では、空海が「仏教界最大のスーパースター」といった親しみやすい言葉で紹介されていた。それを見て笑っている人もいたが、私はこういう入口は大切だと思った。千年以上前の宗教家を、いきなり難しい教義から理解するのは難しい。まず「とてつもなく大きな影響を残した人」として近づく方が、かえってその実像に入りやすい。
展示の冒頭にあった弘法大師坐像は、目つきが鋭く、厳しい顔をしていた。穏やかな聖人というより、強い知性と意志を持った人に見えた。
真言宗では、空海は亡くなったのではなく、高野山の奥之院で入定し、今も人々のために祈り続けているとされる。そう聞くと、もはや一人の人間というより、神話の中の巨大な存在に思えてくる。
しかし、もとは唐へ渡り、学び、帰ってきた一人の人間である。
国宝「三十帖冊子」の第六帖と第十八帖が展示されていた。空海たちが唐で密教の経典や儀軌を書き写した、小さな学習ノートのようなものだ。千二百年以上前、空海が実際に見たもの、学ぼうとしたもの、その手が触れた紙が目の前にある。しかも字が驚くほど美しい。三筆の一人と呼ばれ、「弘法筆を選ばず」という言葉まで残った人の筆には、やはりどこか神がかったものを感じた。
ただ、空海の本当のすごさは、清らかな心や天才的な頭脳だけではなかったのだろう。
唐から持ち帰った難解な密教を、曼荼羅や仏像として目に見えるものにし、真言や読経として耳に聞こえるものにし、印を結ぶ動作や壮大な儀式として身体で感じられるものにした。さらに朝廷へ働きかけ、国家的な祈りの仕組みを作り、寺院や人材を育てていった。
言葉だけでは届かない思想を、人間の五感に届く形へ翻訳したのである。
「売り込みがうまかった」と言えば少し軽く聞こえるが、思想を社会に根づかせる方法を知っていた人だったのだと思う。どれほど深い教えでも、伝わる形を持たなければ広がらない。空海は、思想家であり、書家であり、外交家であり、組織をつくる人であり、宗教世界の総合演出家でもあったのだろう。
もちろん、今日の巨大な「弘法大師」は、空海一人が作ったものではない。後世の僧や巡礼者、名もない庶民たちが、空海にまつわる物語や奇跡を語り継ぎ、温泉や井戸を掘ったという伝説を各地に残してきた。歴史上の空海の上に、千年以上にわたる人々の祈りが積み重なり、「お大師さん」という存在が作られていったのだと思う。
仏像や曼荼羅を見ていると、ときどき心の奥を直接揺さぶられるような感覚がある。
京都への修学旅行で仏像を見たときにも、同じようなものを感じた。生まれ変わりの記憶というわけではない。それでも、長い間それを拝み、すがり、祈ってきた日本人の思いに触れることで、自分の中の深いところにある何かが呼び覚まされるのかもしれない。
かつて宗教は、病気や天候、飢饉や死といった、人間にはどうすることもできないものを引き受けていた。今ではその多くを科学が説明し、医療や技術が対処してくれる。
しかし科学は、病気がどのような仕組みで起きたかは説明しても、「なぜ自分がこの運命を引き受けなければならないのか」「それでもどう生きるのか」までは教えてくれない。そこは今も、宗教や文学が扱う領域として残されている。
ただし、私にとって聖なるものは、救いだけではなかった。
幼いころから、世俗の欲望から離れ、泥の中に咲く蓮華のように美しく生きることに価値があると思ってきた。それが正しい生き方であり、当たり前なのだと思い込んでいた。
ところが高校生ぐらいから、現実の世間との間に大きな隔たりが生まれた。
人から認められたい。誰かに愛されたい。競争に勝ちたい。自分の力を試したい。世俗の中で要領よく生き、欲しいものを手に入れていく人たちを見て、どこかで羨ましいとも感じていた。
しかし自分もそこへ入ろうとすると、世俗のエゴイズムや欲望まで受け入れなければならないように思えた。そして心の中にある「聖なるもの」が、それを許さなかった。
世間に近づこうとすると、内側の規範が私を引き戻す。世間から離れれば、今度は孤独と羨望が大きくなる。近づいては離れる。その繰り返しだった。
努力して世俗的な成功に近づいても、その先に自分には受け入れがたいものが待っているように感じる。だから、それ以上頑張ろうという気持ちにもなれない。聖なる世界にも、世俗の世界にも、完全には居場所を持てないまま生きてきたのかもしれない。
博物館へ行っても、そこに自然に馴染んでいるように見える人たちを眺めながら、自分だけがどこか仲間外れであるように感じることがある。
同じ日に国立科学博物館の「いきもの超ワールド展」を見たときにも、少し似た感覚があった。生き物は、それぞれの環境に合わせて身体や行動を変え、生き残ってきた。強いものではなく、その環境に合ったものが残っていく。
私は長い間、世俗に適応することを、聖なる自分を裏切ることのように考えてきたのではないか。
しかし、適応することと、服従することは同じではない。
世間の中で生きることは、世間の価値観をすべて受け入れることではない。人に認められたい、愛されたい、仕事で力を発揮したいという思いも、ただの汚れではない。それは人間として生きる力でもある。
一方で、聖なるものをすべて捨てる必要もない。人の痛みを想像すること、美しいものに心を動かされること、目に見えないものの前で謙虚になること。そうした感覚まで否定してしまえば、私が私でなくなってしまう。
必要なのは、どちらか一方を選ぶことではないのだろう。
聖なるものへの憧れと、世俗の中で生きたいという欲望。その一方を否定するのではなく、両方を抱えたまま、別の生き方へ進むこと。弁証法でいう「止揚」、アウフヘーベンとは、そういうことなのかもしれない。
考えてみれば、蓮華は泥を拒んで咲くのではない。
泥の中に根を張り、そこから養分を受け取りながら、水面に花を咲かせる。泥に触れないことが美しさなのではない。泥の中にありながら、泥だけにはならないことが、蓮華の美しさなのだ。
祈りは残す。けれど、服従はしない。
世俗に根を下ろす。けれど、世俗のエゴイズムに自分のすべてを明け渡さない。
人生の半ばに来て、私はようやく、泥を避け続けるのではなく、その泥の中から自分の花を咲かせる時期に来ているのかもしれない。





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