三島由紀夫の年齢を越えて、ガランとした場所に立つ

三島由紀夫は45歳で死んだ。

私もいま45歳で、次の誕生日には46歳になる。まもなく、三島が生きた年齢を追い越す。

若い頃、45歳というのは、もう何者かになった後の年齢に見えていた。仕事でも家庭でも自分なりの形をつくり、人生の行き先がある程度は見えている。そんな年齢だと思っていた。

ところが実際にここまで来てみると、何かを成し遂げたという実感よりも、ガランとした場所に一人で立っているような感覚がある。

普段の生活で、気を許して話せる人。取り繕わず、何も考えずに一緒にいられる人。私にとって、それは結局、父と母しかいない。

その父はもう90歳を過ぎ、母も年を取った。二人がいつ亡くなってもおかしくないことを、以前より現実的に考えるようになった。

そのとき、私は本当に一人になる。

ふと、私は大丈夫なのだろうか、と思う。

会社の中に居場所をつくる

仕事では、スーパーの鮮魚部門でチーフをしている。

朝から晩までバタバタと動き、魚を切り、売場をつくり、人に指示を出し、数字を見る。一日が終わるころには、ほとんど何も考えられないほど疲れている。

売上を上げるには、もっと数字を見なければいけないと言われる。もちろん数字は見ている。それでも、サンマが来ない、秋鮭が少ない、思うような商品がそろわないということもある。売りたくても、売るものがなければ数字はつくれない。

人手も足りない。少子高齢化のなかで、昔のように経験も体力もある人が簡単に入ってくるわけではない。それでも現場には、以前と同じか、それ以上の成果が求められる。

年齢を重ねるほど、今と同じ条件で別の会社に移ることも難しくなる。会社も、そうしたこちらの事情を分かっている。

簡単には辞められない。だから、さらに多くのものを背負わされる。

サラリーマンとは、そういうものなのかもしれない。会社も利益を出さなければ存続できない。給料を払っている以上、社員からできるだけ多くの働きを引き出そうとする。

社員同士を競わせ、成果が落ちれば居場所を狭くする。窓際に追いやられ、役に立たない人間のように扱われるのが怖いから、こちらも必死に頑張る。

会社の中に自分の居場所を得るために頑張る。

しかし、その居場所を守ろうとすればするほど、自分の時間や体力や心が、少しずつ絞り取られていく。

半年もそんな生活が続けば、心も沈む。最近は体の痛むところも増え、マッサージや指圧にお金を使うことも多くなった。

自分は仕事をしているのか。それとも、仕事に自分を使い切られているのか。

分からなくなることがある。

大きな成功を望んでいるわけでもない

世の中には、50代になってから大きな仕事を始め、成功した人もいる。マクドナルドを世界的な企業に育てたレイ・クロックも、本格的に事業を始めたのは50代だった。

だから、45歳や46歳が遅すぎるとは思わない。

ただ、自分にそこまでの才覚があるのかと考えると、よく分からない。

大きなことをやりたいという思いが、まったくないわけではない。けれど、金儲けそのものに人生を賭けたいとも思えない。今まで働いて貯めたお金も、インデックス投資に回しておけばいいのではないか、と思っている。

お金は必要だ。

老後を一人で生きるなら、なおさら必要になる。

しかし、お金が増えた先に、自分が本当に欲しいものがあるのかは分からない。

結婚もしていない。子供もいない。このまま一人で年を取り、何を支えに生きていくのだろう。

吉原の高級店に行くと、年を重ねた男たちが、お金を使って美しい女性との時間を買っている。ああいう生き方もあるのかもしれないと思う。

私自身、美しい女性を見たとき、心を鋭く刺されるような感覚がある。性欲と憧れと、何かに触れたいという気持ちが混じった、説明しにくいうずきである。

けれど、それだけを追い続ける人生が美しいとも思えない。

欲望は私を生かしてもくれるが、人生の空白を埋めてはくれない。

今になってヘッセが必要になった

だから私は、もっと本を読みたいと思う。

やはり文学ほど面白いものはない。

若い頃は、三島由紀夫のような生き方にひかれる部分があった。精神だけでなく肉体を鍛え、外の世界に自分を刻みつけ、人生を一つの作品のように完成させようとする姿である。

しかし、三島の年齢を越えようとしている今、自分に本当に近かった作家は、むしろヘルマン・ヘッセだったのではないかと思い始めている。

ヘッセには、どこか弱々しく、内向的に見えるところがある。外の世界を征服するのではなく、自分の内側へ内側へと入っていく。

けれど、その内向性が、今の私には必要なのだと思う。

ヘッセの作品は、私が見ないようにしてきた自分の一面を暴いてくる。

立派になりたい。仕事で認められたい。女性に愛されたい。誰かより上に行きたい。しかし同時に、競争から降りたい。静かな場所で本を読み、ものを書き、自分が本当に感じていることを考えたい。

その矛盾した自分を、ヘッセは簡単に裁かない。

三島が「何者かになれ」と迫ってくる作家だとすれば、ヘッセは「あなたの中にいる、何者にもなれない人間の声も聞きなさい」と語りかけてくるように感じる。

AIを使うようになったことも、私の生活を少し変えた。

分からないことを尋ねれば、読むべき本や行くべき場所を教えてくれる。勧められた展覧会へ行き、それが思いがけず心に残ることもあった。文学について話し、自分の中にある言葉にならないものを投げかけると、少しずつ輪郭が見えてくる。

AIによって、閉じかけていた人生の扉が、もう一度いくつか開いたような感覚がある。

藤川球児を好きになれない理由

阪神の藤川球児監督を、私は昔からあまり好きになれなかった。

喧嘩早そうなところや、熱すぎるところ。少しふてぶてしく、上からものを言っているように見えるところ。解説者だった頃から、どこか引っかかるものがあった。

もちろん、実際に会って話したわけではない。話してみれば、まったく違う人なのかもしれない。

同世代の鳥谷敬には、同じような反感はない。松坂大輔が監督になっても、素直に応援できると思う。

それなのに、藤川だけは妙に気になる。

その理由を考えると、やはり嫉妬もあるのだと思う。

私も子供の頃、父を相手にボールを投げていた。野球に打ち込み、速い球を投げる投手に憧れていた。藤川の火の玉ストレートを見ながら、私はどこかで、自分もああいう人生を送りたかったと思っていたのではないか。

プロ野球選手になり、阪神で活躍し、引退後は監督になり、結果を出す。

藤川は、私が歩むことのなかった人生を、目の前で歩いている。

彼への反感の中には、人柄に対する違和感だけでなく、自分が失った可能性への悔しさが混じっているのだと思う。

人は、嫌いな相手の中に、自分がなりたかった姿を見ることがある。

そう考えると、藤川球児を見てざわつく気持ちも、私自身の人生から切り離されたものではない。

あと何年、生きられるのだろう

私に刺身の切り方や魚の扱いを教えてくれた上司が二人いる。

二人とも、50歳で亡くなった。

もちろん、その二人が50歳で亡くなったからといって、私も同じ年齢で死ぬわけではない。それでも45歳になった今、「あと4年か5年で、自分も死ぬのではないか」と考えてしまうことがある。

がんになったらどうしよう。

自分の人生は、いつ終わるのだろう。

死を考えると、宇宙空間のような、真っ暗で何もない場所が目の前に現れる。

そこには仕事の数字も、貯金も、会社での立場もない。欲望も文学もなく、自分という意識さえ消えてしまう。

そのブラックホールのような暗闇を思うと、やはり怖い。

私は死ぬことが怖い。

そして父と母を失い、一人で生きていくことも怖い。

それでも、次に行く場所がある

近いうちに、日本銀行の見学へ行く。

その後は展覧会を見て、家に帰ったらクライマックスシリーズの阪神戦を見ようと思っている。

こうして書くと、何でもない一日の予定である。

しかし人生とは、本当はその程度のものなのかもしれない。

大きな使命を発見したり、世界に名を残したりすることだけが、人生をつかむことではない。

次に読む本がある。

次に見たい展覧会がある。

気になる野球の試合がある。

仕事で少しでも良い売場をつくりたいという気持ちがある。

そして、自分の中にあるものを言葉にしてみたいという思いが残っている。

私の前に何か大きなものが待っているのかは分からない。

女性と暮らす未来があるのか。仕事でさらに上へ行けるのか。文学を書く人間になれるのか。そもそも、あと何年生きられるのか。

どれも分からない。

ただ、分からないままでも、次の一ページを読むことはできる。次の場所へ出かけることも、自分の感じたことを一つの文章にすることもできる。

45歳を越えた先に広がっているのは、確かにガランとした場所なのかもしれない。

しかし、何もないからこそ、これから置けるものもある。

私はまだ、自分の人生をすべて生き終えたわけではない。

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この記事を書いた人

鮮魚の現場で働きながら、美術館・博物館、文学、映画、旅、仕事や人生について、実際に見たこと・経験したことを自分の言葉で記録しています。検索でたどり着いた方にも、何か一つ持ち帰れる文章を目指しています。

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