『新宿バルボラ 心花あいす』―高畑充希に似た女性に会い、私は“完璧な接客”の奥にある寂しさを見た

新宿バルボラの心花あいすさんに会った。

高畑充希に似ていると聞いていた。
あの、少し吸い込まれるような目の形。可愛らしさの奥に、どこか気品がある顔立ち。こちらは勝手にそんな姿を想像していたのだが、実際に会ってみると、その印象は大きく外れていなかった。

むしろ、想像よりもずっと整っていた。

顔立ちだけではない。
受け答えが実にしっかりしている。ハキハキしていて、会話の間が悪くない。こちらが何を言っても、すぐに受け止め、適切な言葉を返してくれる。いわゆる「地頭の良さ」が、会話の端々ににじんでいる。

こちらが少し話しにくいことを言っても、変に茶化さない。
かといって、重くなりすぎることもない。
相手の内面に、自然に手を添えるような話し方をする。

私は今、子ども三人のシングルマザーとの結婚について考えている。
その話をすると、彼女はとても現実的に答えてくれた。

「子どもからすると、お母さんを取られたように感じるかもしれない。男の子なら、なおさら強く感じるかもしれない」

そんな趣旨のことを、彼女は実に的確に話してくれた。
単なる慰めではない。こちらの不安を軽く扱うのでもない。現実の難しさを見たうえで、きちんと言葉を返してくれる。

その受け答えに、私は少し驚いた。

聞けば、彼女自身も、大学の学費などを自分で支払ってきた経験があるという。
なるほど、と思った。
苦労をしてきた人は、人の苦労に対して鈍感ではいられない。もちろん、苦労した人がみな優しくなるわけではない。けれど彼女の場合は、その経験が、人を見る力や、相手の痛みに触れる力になっているように感じた。

彼女は、どこにいても通用する女性だと思った。
キャバクラでも、飲み屋でも、接客の世界であれば、おそらくかなり活躍できる人だろう。美しさだけではなく、会話力、気配り、空気を読む力、相手を気持ちよくさせる力がある。

いわば、オールラウンダーである。

ただ、そう思えば思うほど、私は少し考えてしまった。

ここは遊ぶ場所である。
本来、深く考えすぎる場所ではない。
考えすぎたら、楽しめなくなる。
それはわかっている。

けれど私は、どうしても考えてしまう。

同じ女性に二度会うと、身体が反応しなくなるか、あるいは本気で惚れてしまう。
極端なのだ。
割り切って遊ぶということが、どうにも下手なのだと思う。

彼女は、心も身体も、こちらを満足させるために完璧にもてなしてくれた。
そして最後には、満面の笑みで手を振ってくれた。

その笑顔は、本当に嬉しかった。
楽しかった。
来てよかったと思った。

しかし同時に、私は妙なうしろめたさも感じた。

あまりにも完璧すぎるからである。

完璧な笑顔。
完璧な気遣い。
完璧な距離感。
完璧なもてなし。

だからこそ、ふと思ってしまう。

この人は、内心では私のことをどう思っているのだろうか、と。

もちろん、そんなことを考える方が野暮なのだろう。
相手は仕事として、最高の時間を提供してくれている。こちらはその時間に対価を払っている。それ以上でも、それ以下でもない。

しかし、人間というものは、そう簡単には割り切れない。

私は四十五年生きてきて、ひとつ学んだことがある。

本当にこちらのことを思ってくれる人は、必ずしも満面の笑みばかりを向けてくれるわけではない。

むしろ、

「あいつは、こういうところを直せば、いい奴なんだけどなぁ」

と、少しため息をつきながら見てくれる人の方が、案外、本当にこちらを見てくれているのかもしれない。

完璧な笑顔は、美しい。
けれど、不完全なため息の中にこそ、愛情がある場合もある。

そう考えてしまうほど、彼女の魅力は強かった。

高畑充希のような愛らしさと、吸い込まれるような目。
育ちの良さを感じさせる話し方。
苦労を知っている人間のやさしさ。
そして、相手が何を求めているかを瞬時に察する頭の良さ。

心花あいすさんは、ただ美しいだけの女性ではなかった。

こちらの欲望を満たしながら、同時に、こちらの孤独まで照らしてしまう女性だった。

だからこそ、私は満足した。
そして、少し寂しくもなった。

完璧にもてなされるということは、幸福である。
けれど、その完璧さの奥に、こちらが決して踏み込めない距離を感じた時、人は少しだけ、自分の孤独を思い出す。

新宿の夜に、私はそのことを知った。

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