人間は、わからないまま前へ進む――『映像の世紀』が描いた、がん・科学・祈り・AI

NHK『映像の世紀バタフライエフェクト』の「がん 人類最大の敵との闘い」を見た。

番組の始まりに置かれていたのは、古代エジプトの医学文書だった。

現存する「エドウィン・スミス・パピルス」は紀元前1600年ごろに書かれたものだが、その内容の原型は紀元前2500年ごろまで遡ると考えられている。そこには、乳房に硬く盛り上がった腫瘤ができた患者の記録があり、熱で焼く処置などが記されていた。そして最後には、治療法はない、と結論づけられている。

およそ4500年前、人間はすでに病変を見つめ、触れ、記録し、治そうとしていた。しかし、どうにもならなかった。

番組が描いていたのは、その「治療法はない」という言葉に対して、人類が何千年もかけて反論を試みてきた歴史だった。

切る、焼く、毒を使う――不完全な知識から始まった治療

近代になると、外科医たちは、がんを広く切り取れば再発を防げると考えた。19世紀末に広まった乳がんの根治的乳房切除術では、乳房だけでなく、わきのリンパ節や胸の筋肉まで切除された。患者は命を救う可能性と引き換えに、外見の大きな変化や腕の障害を負った。

しかし後の臨床試験は、早期乳がんでは、広く切除したからといって生存期間が延びるわけではないことを示した。がんは単に周囲へ少しずつ広がるだけでなく、早い段階から血液やリンパを通して全身へ移りうる。そこがわかって初めて、「大きく切るほどよい」という常識は改められ、乳房を残す手術へ道が開かれた。

レントゲンによるX線の発見、キュリー夫妻によるラジウムの発見は、放射線治療を生んだ。放射線はがん細胞を壊したが、正常な細胞も傷つけた。第一次世界大戦で使われたマスタードガスが白血球を減らすことから、ナイトロジェンマスタードによる化学療法も始まった。

切る。焼く。毒を使う。

言葉だけを並べれば乱暴に見える。しかし当時の人々は、見えているわずかな事実を手がかりに、一歩ずつ進むしかなかった。医学の進歩は、最初から正解を知っていた天才たちの物語ではない。効いた例と効かなかった例、副作用、再発、そして多くの死を記録し、誤りを修正してきた歴史である。

一時的な回復も、次の扉を開いた

1947年、病理学者シドニー・ファーバーは、急性白血病の子どもたちにアミノプテリンという葉酸拮抗薬を投与した。16人のうち10人に一時的な寛解が起きた。

番組に登場した幼いロバート・サンドラーも、一度は起き上がり、食欲を取り戻した。しかし、それは完治ではなかった。病気は再発し、彼は亡くなった。

それでも、この一時的な回復には大きな意味があった。それまでほとんど手の施しようがなかった白血病が、薬に反応することを示したからだ。完全な勝利ではなくても、閉ざされていた壁に初めて亀裂が入った。

ファーバーは小児がん研究の資金を集めるため、「ジミー基金」の活動を広げた。基金名の由来となった少年ジミー、本名アイナー・グスタフソンは、ロバートとは別の患者であり、後に成人し、祖父になるまで生きた。大リーグの名打者テッド・ウィリアムズは、この基金を長年支え続けた。

一人の短い寛解、一人の長期生存、一人の野球選手の呼びかけ。それぞれは小さな出来事でも、つながることで次の研究費となり、病棟となり、治療法となった。まさにバタフライエフェクトだった。

がんは「外から来た敵」だけではなかった

20世紀初頭、ペイトン・ラウスは、ニワトリにがんを起こすウイルスを発見した。そこから研究を進めたマイケル・ビショップとハロルド・ヴァーマスらは1976年、ウイルスのがん遺伝子に似た遺伝子が、正常な細胞の中にも存在することを示した。二人はこの発見によって1989年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

ここで、がんの見え方は大きく変わった。

がんは、外から侵入した異物だけではない。もともと自分の体にあり、細胞の増殖を調節している仕組みが変化し、制御を失って生じる病気でもある。敵は完全な「他者」ではなく、自分自身の細胞が変わったものだった。

「遺伝子プログラムのエラー」という説明はわかりやすい。ただし、原因を加齢だけにまとめることはできない。細胞分裂の際に偶然起きる変化、たばこや紫外線などによるDNA損傷、ウイルスなどの感染、親から受け継いだ体質が重なり、長い時間をかけて正常な細胞ががん細胞へ変わっていく。年齢は大きな危険因子だが、唯一の原因ではない。

この理解から、異常な分子だけを狙う分子標的薬が生まれた。慢性骨髄性白血病に対するイマチニブは、かつて致命的だった病気を、多くの患者にとって長く管理できる病気へ変えた。本庶佑とジェームズ・アリソンの研究からは、がんが免疫にかけた「ブレーキ」を外す免疫チェックポイント阻害薬が生まれた。

しかし、ここで物語は終わらない。がん細胞は一様ではなく、治療の圧力の中で変化し、薬が効かなくなることもある。一つの謎が解けると、その奥から次の謎が現れる。科学の到達点は、いつも次の出発点でもある。

希望を守るために、証拠が要る

番組では、承認されていない丸山ワクチンを求め、患者や家族が殺到する映像も流れた。

1981年、中央薬事審議会は、提出資料では抗がん剤としての有効性を確認できず、承認は適当でないと判断した。ただし、無効と断定したのではなく、研究を続ける必要があるとした。その後も、有償治験という異例の形で供給が続いている。

投与後にがんが小さくなった人がいたとしても、それだけで薬が効いたとは証明できない。他の治療の影響かもしれず、自然な変動かもしれず、その薬がなかった場合との比較ができないからだ。

だが、未承認の薬にすがった人々を、非科学的だと簡単に切り捨てる気にはなれない。命を失うかもしれないとき、地位も名誉も金も、健康の代わりにはならない。可能性がわずかでもあるなら試したいと思うのは、ごく自然なことだ。

だからこそ、証拠が必要なのだと思う。科学的な検証は、希望を冷たく退けるためにあるのではない。切迫した人の希望が、思い込みや宣伝に利用されないように守るためにある。

真実を告げること、告げないこと

番組の中で、特に心に残った人がいる。かつてNHKのドキュメンタリー『がん宣告』に登場した会社員の千葉喜代志さんである。

がんを告げられ、残された時間を意識した千葉さんは会社を辞め、描きたかった絵に向かった。最初のインタビューでは元気に見えた。しかし、カメラが記録した時間の中で次第に衰弱していく。その姿を見ていると、「余命」というものが本当に人の前へ姿を現すように感じられた。

ただ、余命は時計のような締め切りではない。過去の患者の統計と、病状や体力から導く幅のある見積もりである。医師の予測にも誤差があり、一般には実際より長めに見積もる傾向も報告されている。余命一年とは、ちょうど一年後に命が終わるという宣告ではない。

昔の日本では、がんと本人に告げないことが珍しくなかった。私の父の兄も、最期まで病名をはっきり知らされなかったと聞いている。本人を絶望させ、生きる気力を奪わないためだったのだろう。その配慮を、後の時代から一方的に責めることはできない。

しかし、「告知すれば命が短くなる」と一般化することもできない。真実を知ることには大きな衝撃が伴う一方で、治療を選び、仕事を整理し、会いたい人に会い、残りの時間をどう使うかを本人が決めるための条件にもなる。

必要なのは、真実を刃物のように投げつけることでも、善意の名で取り上げることでもない。本人が何をどこまで知りたいのかを確かめ、希望を失わない伝え方を考え、告げた後も支えることだ。

千葉さんにとって希望は、必ず治ると信じることだけではなかったのかもしれない。自分の絵を完成させることもまた、希望だった。治癒の希望が細くなっても、「どう生きるか」という希望までは消えない。

科学と祈りは、同じ問いに別の方向から向き合う

人が医学でどうにもできない地点まで追い詰められたとき、最後に神へ手を伸ばすことがある。

以前、高野山で、何かを招き寄せるように手を動かしながら、一心に祈っている人を見た。その人が何を願っていたのかはわからない。ただ、人間の力では動かせない現実を前にしたとき、祈りが最後のよりどころになることはあるのだと思った。

科学は、何が起きているのか、どの治療がどれほどの確率で効くのかを問う。宗教や芸術は、答えの出ない時間を人がどう耐え、どう生きるかを支える。祈りを治療の代わりにしてはならないが、科学で説明できないからといって、人が祈る意味まで否定する必要もない。

レオナルド・ダ・ヴィンチの絵を見たとき、私は、これは絵画であると同時に科学ではないかと思った。彼は人体を解剖し、筋肉、骨、神経、内臓、心臓の動きを、膨大な素描と言葉で記録した。美しく描くことと、正確に知ることが、まだ別々の営みではなかった時代である。

大きな発見の前には、まず、よく見ることがある。

自分の思い込みに合うものだけを見るのではなく、目の前で起きていることを丁寧に観察する。違和感を残す。記録する。仮説を立て、間違っていれば直す。それは医学や芸術だけでなく、仕事や人間関係にも通じる態度だと思う。

AIが人知を追い越すとき

ここで、私はAIのことを考えた。

AIが人間には見つけられなかった遺伝子の関係や薬の候補を発見し、科学を加速させることは十分にありうる。それは、がんとの闘いに新しい扉を開くかもしれない。

その一方で、AIが出した結論を人間が完全には説明できないまま、AI同士が判断をつなぎ、現実の行動まで担うようになったらどうなるのか。人間が命令しているつもりでも、実際には人間の方が誘導され、何のための判断なのかを見失うことはないのか。

この不安を、単なる空想として片づけることはできない。ただし、現在のAIがすでに人間に隠れて共謀し、独自の目的で人を操っていると確認されたわけでもない。2026年の国際AI安全性報告書は、現在のシステムに監視をかいくぐる能力などの初期的な兆候はあるものの、人間が制御を失う水準には達していないと整理している。将来その危険がどれほど大きいかについても、専門家の意見は大きく分かれている。

むしろ先に起こりうるのは、AIが意思を持って人を支配することではなく、人間が便利さと効率のために判断を手放してしまうことではないか。仕組みのわからない評価や推薦に従い、誰も結果に責任を持たない。異論を唱える人間より、速く数字を出すAIが優先される。そうして気づかないうちに、社会の目的そのものがAIに合わせて変わっていく。

人間がAIの全計算を理解することは、いずれ不可能になるかもしれない。だが、理解できないから従うしかない、ということにはならない。何を目的に使うのか、どこまで権限を与えるのか、誰が監査し、誰が止め、誰が責任を負うのか。それを決めることは人間に残されなければならない。

AIに計算で追いつく必要はない。人間が手放してはならないのは、目的を問い直す力と、「待て」と言える権利なのだと思う。

わからないから、見る

古代エジプトの医師が「治療法はない」と記してから、およそ4500年が過ぎた。

それでも人類は、がんを完全には知り尽くしていない。生命が最初にどう生じたのかも、意識とは何なのかも、宇宙の大部分が何でできているのかも、まだわからない。豊かな暮らしと高度な技術に囲まれていると、人間は世界をほとんど理解したように錯覚する。しかし、実際の知識は、未知の海に浮かぶ小さな島なのかもしれない。

それでも人間は、不思議なほど楽天的に生きてきた。

その楽天性とは、何でも解決できると信じ込むことではない。わからないままでも観察し、記録し、失敗し、次の人へ手渡すことだ。一人の患者を救えなかった治療が、次の患者を救う手がかりになる。一枚の素描が、何百年後の科学者に新しい見方を与える。一人の祈りが、その人の残された一日を支える。

科学の偉大さは、すべてを知っていることではない。間違いを認め、確かめ、書き換えられることにある。

そして人間の尊厳は、限界を知りながら、それでも見ることをやめないところにあるのだと思う。

わからないことだらけの世界で、それでも見る。考える。問い直す。そして、次の誰かへ渡す。

それが、人知の限界を少しずつ押し広げてきた、ただ一つの方法なのではないだろうか。

参考資料

● 『映像の世紀バタフライエフェクト がん 人類最大の敵との闘い』番組情報

● Cancer: A Historic Perspective(米国国立がん研究所 SEER)

● Milestones in Cancer Research and Discovery(米国国立がん研究所)

● The Genetics of Cancer(米国国立がん研究所)

● The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1989

● The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2018

● Sidney Farber, MD(Dana-Farber Cancer Institute)

● Ted Williams and the Jimmy Fund

● 丸山ワクチン製造承認問題に関する質問主意書(衆議院)

● Patients with Advanced Cancer May Benefit from Discussing Prognosis(米国国立がん研究所)

● International AI Safety Report 2026

● Leonardo’s Study of Anatomy(Royal Collection Trust)

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この記事を書いた人

鮮魚の現場で働きながら、美術館・博物館、文学、映画、旅、仕事や人生について、実際に見たこと・経験したことを自分の言葉で記録しています。検索でたどり着いた方にも、何か一つ持ち帰れる文章を目指しています。

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