特攻を「愚かだった」の一言で終わらせない――『映像の世紀バタフライエフェクト』を見て

目次

特攻を「愚かだった」の一言で終わらせない――『映像の世紀バタフライエフェクト』を見て

NHK『映像の世紀バタフライエフェクト』の「特攻 若者たちの絶望と祈り」を見た。

見終わったあと、しばらく動けなかった。

私はこれまで、特攻隊というものをかなり単純に理解していたのだと思う。

戦争末期の日本軍が狂気に陥り、若者たちを「お国のために死ね」と飛行機に乗せ、ほとんど意味もないまま死なせていった――。

子どもの頃から、どこかそんな物語として受け取ってきた。

もちろん、特攻という作戦を肯定するつもりはない。

若者が生きて帰ることを前提とせず、命そのものを兵器にしてしまった。その事実の重さは、どんな説明をしても消えるものではない。

しかし今回の番組を見て、私は「無謀だった」「犬死にだった」という一言だけで終わらせることにも、違和感を覚えるようになった。

「勝つため」から「少しでも有利に戦争を終わらせるため」へ

1944年、日本はすでに戦争全体でアメリカに勝つことが極めて難しいところまで追い詰められていた。

それでも、昨日まで「アジアを解放する」「大東亜共栄圏を築く」と国民に語り、多くの兵士を戦地へ送り出してきた国家が、ある日突然すべてを放棄して降伏することも容易ではなかった。

そこで軍の一部が考えたのが、相手に大きな損害を与え、その衝撃によって少しでも有利な条件で戦争を終わらせようという「一撃講和」だった。

その延長線上に特攻があった。

もちろん、それが正しかったということではない。

むしろ、そこまで追い込まれる前に戦争を終わらせられなかった政治と軍の責任こそ問われるべきだと思う。

ただ、「何の意味もない作戦を、狂った人間が思いついた」というだけでは、当時起きていたことを十分には説明できない。

そして驚いたのは、特攻が軍事的にも完全に無意味だったわけではなかったことだ。

沖縄戦について米海軍の記録を見ると、艦船上空まで到達した793機の特攻機のうち181機が艦船に命中したとされている。

約23%である。

多くの艦船が沈没、あるいは損傷し、多くの米兵が命を落とした。

つまり特攻は、戦争全体の流れを逆転させる力などなかった一方で、戦術としてはアメリカ軍にとって極めて恐ろしい攻撃だった。

ここを区別しなければいけないのだと思う。

「戦果があった」ことと、「特攻という作戦が正しかった」ことは全く別の話である。

飛行機に乗っていたのは「軍国少年」だけではなかった

そして、この番組で何より胸に残ったのは、数字ではなかった。

飛行機に乗っていた若者たちである。

慶應義塾大学の学生だった上原良司。

彼は22歳で特攻に出撃した。

愛読していた哲学書の中には、幼なじみの女性への思いを込めた秘密の手紙が残されていたという。

彼らは決して、何も考えず「天皇陛下万歳」と叫んで死んでいっただけの人間ではなかった。

哲学を読み、文学を読み、恋をしていた。

結婚したかっただろう。

好きな女性と歩きたかっただろう。

家庭を持ちたかった人もいただろう。

戦争がなければ、大学を卒業し、会社に入り、誰かを好きになり、子どもを抱き、年を取っていったはずの青年たちだった。

特攻隊員の遺書を読むと、「国家」という巨大な言葉よりも、むしろ父や母、兄弟、恋人への思いが強く現れることがある。

自分が死ぬことで、本当に愛する人たちを守れるのなら――。

その思いまで「軍国主義に洗脳されていた」の一言で片づけてしまっていいのだろうか。

そこには、もっと複雑な人間がいる。

「美しく死ぬ」という感覚

見ながら、自分の中にも少し危うい感覚があることに気づいた。

若くして死んでいった彼らの姿に、どこか「美しさ」を感じてしまうのである。

若く、教養があり、恋をして、それでも死に向かって飛び立っていく。

そこには文学的な美しさがある。

もちろん、現実の死は美しいものではない。

爆発し、焼け、身体を失う。

残された家族は何十年も悲しみ続ける。

だから「美しい死」と言ってしまえば、戦争を美化する危険もある。

それでも、人間は昔から、若くして失われた命に美を感じてきた。

桜が満開のまま散ることに美を感じるように。

その感覚そのものまで否定する必要はないのかもしれない。

大切なのは、その美しさに酔って戦争そのものを美化しないことなのだと思う。

『ヘルマンとドロテーア』を思い出した

番組を見ながら、なぜかゲーテの『ヘルマンとドロテーア』のことを思い出した。

戦争や混乱という巨大な歴史の中でも、人間は誰かを愛する。

国家が動き、軍隊が動き、国境が変わっても、最後に一人の人間を動かしているものは、案外小さなものなのかもしれない。

父や母。

故郷。

好きな女性。

まだ見ぬ未来。

そうしたものを守りたいという気持ちである。

だからこそ、特攻隊員たちの手紙が80年以上たった今でも胸に突き刺さるのだろう。

彼らは「歴史上の人物」ではない。

私たちと同じように恋をして、悩み、本を読み、未来を考えていた青年だった。

ただ、生まれた時代が違った。

歴史を善悪だけで見ないということ

今回、私は一つ強く感じたことがある。

歴史は、「正しかった」「間違っていた」だけで理解しようとすると、大切なものを取りこぼしてしまう。

特攻は悲劇だった。

多くの若者が死んだ。

軍の指導者たちには重大な責任がある。

それは変わらない。

しかし同時に、

なぜそこまで追い込まれたのか。

なぜその作戦が選ばれたのか。

実際にはどのような戦果があったのか。

そして何より、そこで死んでいった人間は何を考えていたのか。

そこまで見なければ、本当の意味で歴史を見たことにはならないのだと思う。

自分が学校で教えられた物語をそのまま信じるのでもなく、逆に昔の日本を美化するのでもない。

自分で資料を見て、数字を見て、人間の言葉を読んで、考える。

そうして初めて、少しだけ過去の人間に近づけるのではないか。

最後に涙が出た

番組の最後、私は泣いてしまった。

戦争が悲しかったからだけではない。

そこに映っていた若者たちの「愛する」という感情が、自分の中にあるものとどこかで重なったからだと思う。

誰かを愛すること。

誰かを守りたいと思うこと。

もう会えない人を思うこと。

人生の中で取り戻せない時間を思うこと。

80年以上前の青年が残した言葉なのに、不思議なくらい現在を生きている自分のところまで届いてくる。

だから『映像の世紀バタフライエフェクト』はすごい。

これは単なる歴史資料の編集ではない。

実際に存在した映像と言葉だけを使いながら、一編の小説のようなものを作ってしまう。

ノンフィクションなのに、ひとつの「作品」として成立している。

歴史の巨大な流れの中から、一人の人間の恋や絶望や祈りを拾い上げる。

そして80年後に生きる人間の心まで揺らしてしまう。

特攻を美化してはいけない。

しかし、そこで死んだ人々の人生まで「愚かな戦争の犠牲者」という一言にしてはいけないとも思う。

彼らは私たちと同じ人間だった。

愛する人がいて、読みたい本があって、生きたかった未来があった。

そのことを想像すること。

それこそが、戦争を本当に知るということなのかもしれない。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

大日如来参上のブログへようこそ。ここでは、性の本質、結縁の道、聖地巡礼、社会の問題、舞台や映画のレビュー、そして智慧の書など、多様なテーマを通じて、内なる美と智慧を探求します。
私は、衆生の心の美を見つめ、その内なる光を見出す手助けをしています。
このブログの目的は、読者の皆様が日常生活の中で智慧と平和を見つけ、心と体を鍛え、人生の本質に近づくための情報とインスピレーションを提供することです。
大日如来の教えを通じて、皆様の人生がより豊かで意味深いものとなりますように。

コメント

コメントする

目次