
上野の東京藝術大学の門を入ってすぐ右手に、「日曜美術館展」があった。
それにしても、上野という場所は、つくづく文化的な場所だと思う。美術館、博物館、芸術大学が集まり、少し歩くだけで、いくつもの展示に触れることができる。東京藝術大学の学生たちは、こういう場所を日常として生きているのかと思うと、実に文化的な生活をしているものだなと感じた。上野は、日本の文化的展示において、まさに冠たる場所のひとつと言ってもいいのではないか。
展示室に入ると、ピカソの《ゲルニカ》がスクリーンに等身大の大きさで映し出されていた。
これが噂に聞いていた《ゲルニカ》なのか、と思った。実物ではなく映像であっても、その大きさと迫力は十分に伝わってくる。多くの観客が携帯電話を向け、写真を撮っていた。誰もが知る名画でありながら、実際にその大きさで向き合うと、やはりただの有名な絵では済まされないものがある。
《ゲルニカ》は、ナチス・ドイツによって行われた無差別爆撃の惨禍を告発する絵画である。ひとつの絵が、ひとつの地名を世界史の記憶として不朽のものにした。ゲルニカという名前は、もはや単なる地名ではなく、暴力と破壊に踏みにじられた人間の叫びそのものとして残っている。
画面には、牛がいて、女性がいて、倒れた人間がいて、刃を持つ怒りのようなものがある。どれも写実的というより、どこか稚拙に描かれているようにも見える。しかし、その稚拙さの分だけ、かえって人間の素顔や童心に直接触れてくるようだった。
戦争によって失われるのは、英雄的な物語だけではない。名もない人々の普段の生活であり、子どもを抱く母であり、家畜であり、灯りであり、寝起きしていた場所である。そうしたごく普通の生活が、無差別爆撃によって阿鼻叫喚の中に伏せられてしまう。その叫びが、時代や国境を越えて、心の奥深くにしみわたってくるようだった。
一見すると、荒々しく、崩れたような画面である。それでいて、構図にはどこか秩序がある。三角形、四角形、円のような形が画面の奥に潜み、混乱の中に不思議な調和をもたらしている。不調和の調和とでも言うべきものが、見る者の目を受け止めてくれる。そこに、やはり表現としての美術の力があるのだろう。
その後に見た石田徹也の作品は、また別の意味で胸に迫ってきた。
ピカソの《ゲルニカ》が、戦争という巨大な暴力を告発する絵画だとすれば、石田徹也の絵は、現代社会の中で、人間が少しずつすり減らされていく苦しみを描いているように見えた。大それた反戦の歌ではなく、もっと小さく、もっと身近で、しかし逃れがたい苦悩に寄り添う絵だった。
私はロスジェネ世代である。
日本の高度経済成長やバブル期に浮かれた大人たちが残した負債。その後に生まれた就職氷河期。新卒での就職活動がうまくいかず、不採用が続き、どうにか入った会社はブラック企業だった。そんな自分の過去を思うと、石田徹也の絵は、まるで自分の苦悩を代弁してくれているように感じられた。
《社長の傘》という作品があった。
社長らしき背広姿の男が、同じく背広を着た部下たちを、ぐるぐると回している。部下たちは、まるで権力者の傘になっているように見える。その構図は、一目で意味がわかる。回されている男たちは、さもそれが当たり前であるかのように、アクロバットの一部になっている。顔は無表情である。
そこには、心を失い、社会の歯車になることこそが大人になることなのだと言わんばかりの姿がある。傘にされることに戸惑いがない。自分が何のために回っているのか、誰のために身体を差し出しているのか、もはや考えることすら忘れているようだった。
その絵を見て、私は目をそらしたくなった。
ロスジェネとして就職活動をし、不採用が続き、ブラック企業に入り、そこからまた別の会社へ移り、今もなお組織の中で働いている自分の姿が、そこにあるように思えたからだ。明日にでも現在の会社から自由になりたい、というよからぬ願いすら胸に浮かんだ。絵というものは、時にこちらが見たくないものまで見せてしまう。
石田徹也は、ひとつの絵が大きな影響力を持ち、社会の中で生きる人たちの力になり得ると信じていたのではないかと思う。しかし若くして亡くなった背景には、あまりにも深い絶望があったのかもしれない。
すべての愛情も、市井に生きる人々の営みも、何もかもが嘘偽りに見えてくる。絵を描くこと自体も、何のために描いているのか分からなくなる。世の中のすべてが張りぼてのように見えてしまう。そういう感覚は、なんだか同世代として分かる気がするのだ。
もうひとつ、人間が飛行機になっている作品も印象に残った。
人間の顔を持つ飛行機が空を飛んでいる。けれど、その顔には誇らしさも自由もない。むしろ、社会にとって都合の良い人間にならなければ認められないという、置き去りにされた自己の悲しみが浮かんでいるように見えた。
飛ぶことは本来、自由の象徴であるはずだ。しかし石田徹也の描く飛行機人間は、自由に空を飛んでいるのではない。何かに組み込まれ、何かの役割を果たすために、飛行機にされてしまっている。そこには、愛情の空虚さや、自己の喪失がある。人間でありながら、人間として見てもらえない悲しみが、その顔つきに表れているようだった。
《ゲルニカ》は、外側から人間を破壊する暴力を描いていた。
石田徹也は、内側から人間をすり減らしていく社会の圧力を描いていた。
どちらも、時代は違えど、人間が人間でいられなくなる瞬間を描いている。戦争によって踏みにじられる生活。会社や社会の仕組みによって、少しずつ削られていく心。叫びとしての絵画と、沈黙としての絵画。その両方を見た一日だった。
芸術は、美しいものを眺めるためだけにあるのではないのだと思う。
時には、見たくないものを見せる。忘れたいものを思い出させる。自分では言葉にできなかった苦しみに、形を与えてくれる。
《ゲルニカ》の前では、人間の叫びが世界史の中に刻まれていた。
石田徹也の前では、私自身の世代の沈黙が、そっと絵の中に置かれていた。
その二つが、上野の展示室で、静かにつながっているように感じられた。













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