
AI革命の時代に、45歳の私は何を信じて生きるのか
AI革命と言われる今、株価は高すぎると言われることも多い。
「バブルではないか」
「S&P500は買われすぎではないか」
そんな記事を毎日のように目にする。
確かに、AIへの期待はすでに株価に織り込まれている部分もあるだろう。市場は、期待を上回る成長をしなければ、さらに株価を押し上げてはくれない。
それでも私は、AIは電話や鉄道、自動車、インターネットのような、人類の歴史を変える技術だと考えている。
これから二十年、三十年という時間軸で考えるなら、世界中から自由な発想が集まり、新しい企業が次々と生まれる場所は、やはりアメリカではないかと思う。
だから私は、新NISAも含めてS&P500を中心に積み立てている。
もちろん、トランプ大統領の発言ひとつで資産が100万円、200万円と動くこともある。
投資を始める前には感じなかった、世界情勢への緊張感を毎日のように味わっている。
それでも長い目で見れば、人類は前へ進むと信じている。
一方で、私自身はスーパーの鮮魚売場で働いている。
仕事は嫌いではない。
むしろ、お客様のために売場を作ることには誇りを持っている。
しかし、45歳になって思う。
「このままで人生が終わるのだろうか。」
そんな気持ちになることがある。
もっと違う仕事があるのではないか。
もっと社会に影響を与えるような仕事ができるのではないか。
そんな思いが、時々胸をよぎる。
けれど会社という組織では、自分一人の理想だけでは動けない。
上司がいて、会社の方針がある。
間違っていると思うことがあっても、チームとして進まなければならない場面もある。
給料をいただいている以上、その責任もある。
だから今は、まず与えられた場所で最善を尽くそうと思っている。
それでも希望は捨てたくない。
マクドナルドを世界的企業へ育てたレイ・クロックが本格的に事業を始めたのは50代だった。
人生は、何歳からでも変えられる可能性がある。
だから、「もう遅い」と決めつける必要はない。
読書も、私の人生を変え始めている。
AIに相談すると、『夜と霧』『感情教育』『幸福の資本論』『愛するということ』『それから』など、今の私に必要な本を次々と教えてくれる。
以前は、AIが紹介する音楽や映画がどこか的外れだと感じることもあった。
しかし、この頃は驚くほど自分の心に響く。
AIは単なる検索エンジンではなく、自分の人生を整理する対話相手になりつつある。
45歳になると、体力の衰えや病気も少しずつ意識するようになった。
今までは「体は当たり前に動くもの」だった。
しかし最近は、「体も資本なんだ」と感じるようになった。
だからこそ、健康も、お金も、仕事も、人とのつながりも、大切に育てていかなければならないのだろう。
そして、どうしても消えないものがある。
学生時代の初恋である。
もう四か月以上、その人のことを考えている。
会いたい。
でも、もし会って失望したらどうしよう。
そんな怖さもある。
それでも、その人との思い出は、私の人生を支える大切な一部になっている。
夏目漱石の『それから』や、フローベールの『感情教育』を読んでいると、自分自身を見ているような気持ちになる。
だから読書は、知識を得るためだけではなく、自分を理解するための時間なのだと思う。
人生は思い通りにはならない。
仕事では理不尽なこともある。
世界では災害や事故も起きる。
熊本のイオンモールで起きた事故のニュースを見ても、「まさか」という出来事が現実になることを痛感した。
だからこそ、「明日」があることは当たり前ではない。
AI革命の時代に生きる私は、投資を続け、本を読み、働き、悩み、そして希望を持ち続けたい。
45歳。
まだ人生は終わっていない。
むしろ、本当の意味で、自分自身の人生が始まるのかもしれない。
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