
新宿バルボラの青山ありすさんに会った。
写メ日記から受ける印象の通り、とても知的な人だった。頭がよく、言葉が途切れない。けれど、ただ話題が豊富というだけではない。こちらの言葉や反応を、すべて好意的に受け止めてくれるような安心感があった。
人と話していて、こちらが余計な気を張らなくていいというのは、思っている以上に大きい。自分の言葉を否定されない。反応を間違えたと思わなくていい。そういう空気があるだけで、人の心は少しずつほどけていくのだと思う。
彼女がぎゅっと抱きしめてくれるたびに、心の奥で硬く閉ざしていた核のようなものが、じゅわっと温められて、ゆるくなっていくような気がした。
それを三度、四度と繰り返していると、こちらも身体だけでなく、心まで温まってくる。五十分という短い時間だったが、承認と共感というものが、人間関係においてどれほど大切なのかを、改めて感じる時間だった。
青山ありすさんは、笑顔も、話し方も、身振り手振りも、とても成熟している。見た目の年齢というより、精神的な年齢が高い人だと思った。知的で、老成しているとさえ感じる瞬間があった。
こういう人に会うと、内面で処理していることが、人より多いのではないかと思う。物事を感じ取り、考え、言葉にし、相手に返していく。その回転が自然に続いている。だから同じ年齢の人よりも、精神の成熟が早く進んでいるように見えるのかもしれない。
新宿バルボラに通うたびに思うのは、この店は、ある一つのタイプの女性だけを揃えている場所ではないということだ。業界未経験の初々しさを持つ人もいれば、高級店を歴任してサービスや技術で魅了する人もいる。美しさを強く印象づける人もいれば、心をほぐし、癒やされる時間を提供してくれる人もいる。
その意味で、新宿バルボラは、さまざまな女性の魅力を提示する場所なのだと思う。
今回、青山ありすさんから受けた印象は、今までとは少し違っていた。上手い、楽しい、綺麗、癒やされる。そういう言葉だけでは片づけられない。もっと深いところで、こちらの閉じていた感覚に触れられたような時間だった。
身体の面でも、初めて知る感覚があった。四十五年近く生きてきても、まだ自分の身体の中には、知らない反応や感触が眠っているのだと思った。それは単なる刺激ではなく、未知の感覚を発見する驚きに近かった。
以前、コンテンポラリーダンスをしている友人が、「身体を動かすことで、未知の感情が出てくる」と話していたことがある。その時は、正直、何を言っているのかよくわからなかった。けれど今回、その言葉の意味が少しわかった気がした。
身体には、まだ知らない感情が眠っている。
それを知ることは、思っていた以上に大きな感動だった。
彼女の人柄そのものも、どこか初めて会う種類の人だった。知的で、包容力があり、こちらの奥にあるものに、自然に触れてくる。最中は、何と言えばいいのかわからず、けむに巻かれたような気分でもあった。けれど後からじわじわと、「良かったな」と思えてくる。
こういうのがいい、という風俗やソープランドの理想像があるとして、今回の体験は、単にその理想にどれだけ近かったかという話ではない。むしろ、新しい風俗店の在り方を示唆してくれるような内容だった。
サービスや技術だけではなく、会話、承認、共感、抱擁、そして相手の心に触れる力。そういうものが重なったとき、短い時間でも、人は思いがけず深いところまで癒やされることがある。
送り際、青山ありすさんは「あなたのような人には、幸せになって欲しいね」と言って、正面からまた抱きしめてくれた。
その言葉が、思った以上に残った。
私は、ここに来た時点で、心のどこかが牡蠣のように閉ざしていたのかもしれない。どうしても開かない場所が、奥にある。けれど彼女は、そこに温かく触れてくるような人だった。
スタッフからのアンケートでも、私ははっきりと答えることができなかった。何が正解で、何が不正解なのかもわからない。ただ、今回の体験を一言で表すなら、今のところ「神秘体験」としか言いようがない。
青山ありすさんは、知性と包容力で、心の奥にある硬い核を温めてくれる人だった。
そして私は、まだ自分の身体にも心にも、未知の感覚が残っていることを知った。
それだけでも、今回の五十分には十分すぎるほどの意味があった。
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