
ときどき、なんのために生きているのか、わからなくなる。
そんなとき、尾崎豊の「街路樹」が脳裏に響く。誰ひとり抱きしめることができないまま、街の中で歌っている――そんな孤独を歌った言葉が、あの声とともに、心の奥から浮かび上がってくる。
尾崎豊は、やはりすごい。
孤独で、やりきれなくて、理由もなく感傷的になってしまう私に、言葉を与えてくれる。自分でもうまく説明できない感情が、彼の歌声を通すと、ひとつの形を持って聞こえてくるのだ。
いま、私の心を占めているのは、大学一年生の頃に出会った女性のことである。
初恋の相手といっても、実際に話したのは一度だけだった。それでも、二十五年以上たった今、私は彼女に手紙を送った。
その後、どうやら彼女から私の家に連絡が来ているらしい。何度か電話があり、私のことをあれこれ尋ねている気配もある。ただ、私は本人と直接話せていない。家の中で何が話されているのかも、正確にはわからない。
高齢の母には、私が誰かと一緒になれば、自分は施設に入れられ、真っ暗な老後を迎えるのではないかという恐怖があるように見える。そのため、彼女との連絡を何とか遮断したいのではないか。私には、そう感じられてしまう。
もちろん、それも私の推測にすぎない。
しかし、このまま何も確かめられずに時間だけが過ぎれば、二十五年前から残っていた彼女への思いは、成就するのでも、きちんと終わるのでもなく、ただ消されてしまうのではないか。
そう考えると、やりきれない。
彼女は今、複数の子どもを育てるシングルマザーなのかもしれない。夫との間に、借金や失踪といった深刻な事情があった可能性も考えてしまう。しかし、それらはまだ、私が断片的な情報から想像しているだけのことである。
仮に彼女と向き合うことになれば、私はお金も自由な時間も失うかもしれない。
うまくいったとしても、生活は簡単ではないだろう。むしろ、不幸や破局へ向かう可能性のほうが高いのではないかという危機感さえある。
それでも、もし彼女から「一緒に生きてほしい」と求められたら、私は恋を選んでしまうのだろう。
もし彼女に目の前で泣かれでもしたら、損得や将来の計算など、すべて放り出してしまうのではないか。
私は今年、四十五歳になった。
三島由紀夫が亡くなった年齢である。私はすでに、三島が生きた時間よりも長く生きている。
その年齢を越える頃には、もう恋などしないと思っていた。これからは、AIがどこまで進化し、人間や社会がどう変わっていくのかを楽しみにしながら、気楽に生きていこう。そんなふうに考えていた。
ところが、ある日、ずっと気がかりだった彼女のことが、ふいに頭に浮かんだ。
そして、手紙を送った。
すると、学生時代の自分までが、一緒によみがえってきた。
男子校から大学へ進んだ私は、女性の性に対する考え方に大きなカルチャーショックを受けた。女性が結婚前に性交渉をすること。経験のなかった女性が、恋愛を通して次々と経験を重ねていくこと。
当時の私は、女性は処女なのか、性とはどのように向き合うべきなのかと、散々悩んだ。
いま考えれば、世間を知らない、ひどく未熟な青年だったのだろう。それでも、その頃のウブな心情が、最近になってやたらと浮かんでくる。
これは恋なのだろうか。
それとも、人生の途中で押し込めた過去の傷が、今になって疼き始めたのだろうか。
頭の中がごちゃごちゃしている。この恋は、結局、何も生み出さないのではないかとも思う。
そうだ。彼女への手紙を投函したポストの写真を、この記事に貼っておこう。

あの日、私は確かに、あのポストの前に立っていた。そして、二十五年間、心のどこかに残っていたものを封筒に入れ、投函したのだ。
プロ野球を見ていても、同級生が監督となり、チームが勝って人々が喜んでいる姿を見ると、なぜか自分の人生を否定されたような気持ちになることがある。
彼らは家庭を持ち、社会の中で責任ある立場に就き、多くの人に祝福されている。
一方の私は、なぜか長い間、家庭の幸福や女性を求めることを、堕落や悪や、卑しい欲望のように感じてきた。
今では、それが正しいとは思っていない。
けれど、その考えを完全には克服できないまま、四十五歳まで生きてきてしまった。
このまま何もせず、過去は過去として流しておけばよかったのかもしれない。
それでも、もし今、この地球上に、私が本気で向き合いたいと思える女性が一人だけいるとしたら、それは彼女だった。
だから、手紙を送った。
もっとも、彼女がこのブログを読んだなら、とてもではないが、こんな男とは関わりたくないと思うだろう。
人間は、誰でも一つくらい、人には言えない秘密を抱えている。
これは尾崎豊ではなく、佐野元春の世界だろうか。
私にとって歌手といえば、佐野元春と尾崎豊である。小説家なら、三島由紀夫と太宰治。そして哲学や思想の世界では、キリストとニーチェのあいだを行き来している。
救済を求めながら、それを疑い、愛を求めながら、それを堕落だと恐れる。
私はずっと、その二つの極のあいだで生きてきたのかもしれない。
そして四十五歳になった今もなお、その問いの答えは出ていない。
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