新宿バルボラ 音羽みずきさん体験記|ありえたかもしれない青春

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新宿バルボラという店は、本当にいろいろな女性を揃えている。

圧倒的な美貌で惹きつける人もいれば、恋人のような距離感を得意とする人もいる。色気、会話、テクニック、素人っぽさ。女性によって魅力の方向がまるで違う。

それがこの店の面白さなのだと思う。

では、音羽みずきさんの魅力は何だったのか。

僕には、それが「初々しさ」に思えた。

もちろん見た目もいい。

明るい顔立ちで、スタイルもよく、肌には若さ特有の張りがある。写真を見て期待していたけれど、実際に会ってみると、それ以上に印象に残ったのは彼女の醸し出す空気だった。

最初から、ずいぶん話をした。

北海道のこと。
東京のこと。
大阪までこんなに簡単に行けるんだという話。
東京の周りにはいろいろな場所があって楽しい、もっとお金を持っていろいろ遊んでみたいという話。

こちらが何を聞いても、はきはきと明るく答えてくれる。

変に構えたところがない。

ざっくばらんで、裏表がないように見える。

お風呂のお湯がいつの間にか抜けてしまっていたりして、ちょっとおっちょこちょいなところまである。

そんなところにも、どこか大切に育てられてきた人のような、育ちの良さを感じた。

「こんなに話していて時間、大丈夫かな」

こちらが心配になるくらい話してしまった。

でも、その時間がよかった。

この仕事では、何もかも完璧にできることだけが魅力になるわけではないのだと思う。

音羽さんは、まだどこか手探りなところがある。

プレーについても、ものすごく手慣れているという感じではない。

けれど僕には、それがむしろ新鮮だった。

こういう店に何度か通うようになると、どうしても完成された接客に慣れてくる。

何をすれば喜ばれるのかを知り尽くし、淀みなく時間が進んでいく。

それはそれですごい。

けれど音羽さんには、まだ完成されていない人にしかない時間が流れていた。

少しぎこちない。

けれど前向きで、覚えようとしている。

頼めば明るく応じてくれるし、自分からこの仕事を楽しもうとしているようにも見える。

本人も、これからマットなどいろいろなことを覚えていきたいという。

そして、

「もっと覚えた頃に、また会ってほしい」

というようなことを言っていた。

もちろん、それが接客としての言葉なのか、本当にそう思ってくれたのか、僕には分からない。

そこを勝手に都合よく解釈するつもりもない。

ただ、その場で感じた彼女の空気が明るかったことだけは確かだった。

それが、とてもよかった。

ちょうど今、村上春樹の『国境の南、太陽の西』を読んでいる。

あの小説を読んでいると、人間の人生には、実際に歩いてきた道とは別に、

「もし、あのとき別の道を選んでいたら」

という、もう一つの人生がどこかに存在しているような気がしてくる。

僕にも、そんな人生がある。

もし大学を辞めずに野球を続けていたら。

もし学生時代に誰かと恋をしていたら。

もし、好きだった女性にもっと素直に近づいていたら。

実際には存在しなかった人生なのに、四十代になった今でも、ときどき妙にリアルな手触りをもって現れる。

音羽さんと一つの部屋にいて、取り留めもなく話していると、不思議なことに、その「ありえたかもしれない人生」が一瞬だけ開いたような気がした。

もし普通に大学で知り合った女の子と付き合っていたら。

二人で部屋に入って、くだらない話をして、笑って。

少しぎこちなく距離が縮まっていく。

案外、こんな感じだったのかもしれない。

昔は、アイドルや女優のような女性と親しくなれたら、などと考えたこともある。

けれど本当の若い男女の時間というのは、もっと不器用で、もっと取り留めがなくて、もっと明るいものなのかもしれない。

そんな当たり前のことを、今さら思った。

そして同時に、彼女と話していると、もう一つ感じることがあった。

彼女は過去ではなく、未来を見ている。

東京は楽しい。
あそこにも行ってみたい。
これもやってみたい。
もっといろいろ経験してみたい。

世界のほうへ身体を向けている。

その感じが、四十代の僕には眩しかった。

僕はいつから、

「これから何をしよう」

よりも、

「これまで何をしてきたんだろう」

と考える時間のほうが長くなったのだろう。

学生時代のこと。

選ばなかった道。

付き合えなかった女性。

できなかった経験。

そんなものを何度も思い返している。

『国境の南、太陽の西』を読みながらも、僕の視線は自然と過去へ向かっていた。

そこへ二十代の女性が、あっけらかんと、

「東京って楽しい」

と言う。

まだ見たことのないものがたくさんある、という顔をしている。

その姿を見ているうちに、少しだけ景色が変わった。

若さとは、年齢そのものではなく、未来のほうが過去より大きく見えている状態なのかもしれない。

だとすれば、僕にはもう若さがないのだろうか。

いや、そんなこともないのかもしれない。

四十五歳からだって、行ったことのない場所はある。

読んでいない本もある。

見ていない絵もある。

まだ会ったことのない人もいる。

「もう遅い」と思えば、人生は過去だけになる。

「まだある」と思えば、少しだけ未来が戻ってくる。

音羽さんと過ごしていて、そんなことまで考えた。

こういう店の仕事とは何なのだろう。

身体的なサービスだけなら、それだけで説明はできる。

けれど、それだけではないものが確かにある。

短い時間の中に、恋人のような空気をつくる。

現実には存在しなかった時間を、一瞬だけ存在させる。

「こんな青春も、もしかしたらあったのかもしれない」

そう思わせる。

それはもちろん、本当の恋愛ではない。

店を出れば終わる。

彼女には彼女の人生があり、僕には僕の人生がある。

だからこそ、その一瞬は奇妙に美しい。

音羽さんは、これから仕事を覚えて、接客もどんどん上手くなっていくのだろう。

もっと洗練されていくのかもしれない。

でも、今しかないものもある。

少しぎこちなくて。

よく笑って。

何を聞いても明るく答えて。

東京や大阪や北海道の話を楽しそうにしている。

完成される前の、今だけの音羽みずき。

北海道のおいしい食べ物の話も、もっと聞きたかった。

東京でこれから何をしてみたいのかも、もう少し聞いてみたかった。

また会うことがあったら、今度はそんな話をしてみたい。

店を出たあと、不思議と気分が軽かった。

自分が少しだけ若返ったような気がした。

失われた青春が戻ってきたわけではない。

過去を書き換えられるわけでもない。

ただ、

「あったかもしれない人生」

を一瞬だけ覗いたことで、

「これからまだある人生」

のほうまで、少し見えるようになった。

それが今回、音羽みずきさんに会って、いちばん心に残ったことだった。

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この記事を書いた人

鮮魚の現場で働きながら、美術館・博物館、文学、映画、旅、仕事や人生について、実際に見たこと・経験したことを自分の言葉で記録しています。検索でたどり着いた方にも、何か一つ持ち帰れる文章を目指しています。

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