谷原志音のアリエルに、私は「負けた」――劇団四季『リトルマーメイド』舞浜公演鑑賞記

※この記事は物語の結末を含みます。

2026年11月5日、舞浜アンフィシアターで劇団四季の『リトルマーメイド』を観た。終演から何時間たっても、まだ海の中にいるような余韻が消えない。青い光も、魚の群れも、アースラの巨大な足も、谷原志音さんの笑顔も、胸の奥でゆっくり揺れている。

この日のアリエルは谷原志音さん。『エビータ』『ゴースト&レディ』に続いて三度目の観劇だった。出演を知った時から期待していたが、実際に目の前で観た谷原さんは、その期待を軽々と越えていった。

歌声、表情、身体の動き、そのすべてでアリエルを生きる姿に、私は完全に心を奪われた。次はどんな役で、どんな世界を見せてくれるのだろう。観劇直後の今、谷原さんのこれからをもっと観たいという思いが、強く残っている。

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地上へ行きたい――これは恋だけの物語ではない

『リトルマーメイド』の主人公アリエルは、海の王トリトンの末娘である。人間を危険な存在と考える父に反対されても、彼女は地上の世界への憧れを捨てられない。やがて人間の王子エリックに恋をし、海の魔女アースラと契約する。美しい声と引き換えに人間の足を手に入れ、三日以内にエリックと「真実の愛のキス」を交わさなければならない。

筋だけを追えば、王子様と結ばれるディズニーの恋物語である。しかし実際に舞台を観ると、それだけではないことがよく分かる。

アリエルが本当に求めているのは、一人の男性だけではない。「ここではない世界」へ行くことだ。自分を守ろうとする父の価値観から離れ、まだ知らない世界を、自分の目と足で確かめたい。その願いが先にあり、その先でエリックと出会う。

だからこの物語は、恋愛の物語であると同時に、親の世界から離れようとする物語であり、自分を囲う殻を破る物語でもある。

安室奈美恵がSUPER MONKEY’Sから一人の表現者として抜け出していったように、アリエルもまた、与えられた場所の中で愛されるだけでは満足できない。「私はここにいる。でも、ここだけが私のすべてではない」と、身体ごと訴えている。

谷原志音さんの表情は、一瞬も休んでいなかった

今回の席は舞台に近く、顔の動きまでよく見えた。

そこで改めて驚いたのが、谷原さんの表情の細かさだった。少しはにかんで話す時の口元、エリックを見つめる目、父に反発しながらも傷ついている顔、地上の物に触れた時の無邪気な喜び。歌っている時だけではない。台詞と台詞の間にも、相手が話している時にも、アリエルの心が途切れずに動いていた。

遠い客席からなら見落としてしまうような小さな仕草にも、気持ちが入っている。誰に見られるかではなく、そこにアリエルが生きている以上、空白を作らない。その積み重ねが「表現力」なのだと思った。

谷原さんの話し方は、初めのうち少し独特に聞こえた。韓国出身であることを知っていたため、日本語の響きのせいなのだろうかとも一瞬思った。しかし観ているうちに、むしろアリエルの幼さと無邪気さを表すための声の作り方なのだと感じるようになった。『エビータ』の強さとも、『ゴースト&レディ』のフローの切実さとも違う。少女のように弾み、時に不器用になる話し方だった。

一人の俳優が役ごとに声の年齢まで変える。歌唱力だけでは説明できない仕事だった。

アリエルは、実は非常に難しい役である

観る前には、アリエルを「美しい声を持つヒロイン」と考えていた。しかし今回、これは非常に難易度の高い役だと分かった。

第一に、フライングで空中に身体を預け、海の中を泳いでいるように見せながら歌わなければならない。姿勢も呼吸も不安定になりやすいはずなのに、音程と声量を保ち、なおかつ感情を届ける必要がある。

第二に、アリエルには若さ、好奇心、頑固さ、恋する喜び、父への反発と愛情を同時に成立させる芝居が要る。ただかわいらしいだけでは、地上へ出る決断の強さが見えない。強いだけでは、観客が守りたくなるアリエルにならない。

そして第三に、物語の途中で声を失う。

歌声こそ最大の武器である俳優が、その武器を封じられたまま第二幕の重要な場面を演じる。言葉に頼れないアリエルの恋心や焦りを、目、口元、手の動き、全身の反応で伝えなければならない。今回、近い席で谷原さんの表情に惹きつけられたのは、偶然ではなかった。声を奪われてもなお観客の目を離させないことが、この役の核心なのだ。

あの歌声は、きれいという言葉だけでは足りない

もちろん、谷原さんの歌声は圧倒的だった。

この作品には「パート・オブ・ユア・ワールド」「アンダー・ザ・シー」「キス・ザ・ガール」といった映画でおなじみの曲に加え、舞台版のための楽曲もある。アリエルの憧れは「パート・オブ・ユア・ワールド」から、そのリプライズ、そして「もしも」へと、少しずつ切実さを増していく。

私が強く心をつかまれたのは、恋心が高まり、声が「美しい歌」の枠を越えて、ほとんど叫びのようにこちらへ届いた瞬間だった。あれは音程の正確さや声量を褒めるだけでは足りない。誰かに会いたい、ここから出たい、自分の人生を自分で選びたい――いくつもの願いが一つの声になって押し寄せてきた。

ミュージカルを観ていても、歌声そのものに胸をつかまれ、身体の奥を揺さぶられる経験はそれほど多くない。『リトルマーメイド』は、アリエルの「あの声」がなければ成立しない作品なのだと実感した。

人が動かしているのに、「人」が見えなくなる

舞台全体の完成度も驚くほど高かった。

赤、黄、緑、青。海の生き物たちは鮮やかな色彩で現れ、魚の群れは客席の上まで泳いでくる。人魚たちはフライングによって上下左右に動き、陸上とは違う重力の世界を作る。海底から地上へ場面が切り替わった時には、本当に水面を抜けたような感覚があった。

魚やアースラの足を動かしているのは、もちろん人間である。それも見えている。それなのに、しばらくすると黒子を人として認識しなくなる。魚は魚になり、巨大なタコの足は意思を持つ生き物になる。

それはパペットの造形だけの力ではない。動きの始まりと止まり、海流に押し戻されるような間、尾びれや触手のわずかな遅れまで、演者が共有しているからだろう。今回の舞浜公演では、半円形の舞台と客席を生かすために作品全体が更新され、パペットにも新しい工夫が加えられたという。公式の制作記事にも、水の流れや抵抗感を動きに表すこと、素材や骨組みを試作し、生き物としてのリアルさを追求したことが紹介されている。

観客に「努力している」と感じさせる前に、海の世界を成立させてしまう。努力を努力として見せず、当たり前の精度にまで高める。それがプロフェッショナルなのだと思う。

セバスチャンが作る、愉快で温かな時間

作品は切実なだけではない。エンターテインメントとして、実によくできていた。

アリエルを海へ引き止めようと、カニのセバスチャンが海中の楽しさを歌う「アンダー・ザ・シー」は、色彩も音楽も動きも一気に弾ける。セバスチャンの思惑とは裏腹に、アリエルの心はエリックへ向いたままなのだが、そのすれ違いまで愉快だった。

エリックとアリエルをキスさせようと仲間たちが奮闘する「キス・ザ・ガール」も楽しい。声を失ったアリエルに代わり、周囲の生き物たちが恋を前へ進めようとする。料理長ルイにセバスチャンが調理されそうになる「レ・ポワソン」では、客席の空気が一変して大きな笑いが起きる。

緊張が高まる場面の間に、これほど上質な笑いを入れるからこそ、最後の幸福感がさらに大きくなる。子どもには冒険として、大人には恋や自立の物語として届き、しかも純粋なショーとしても楽しい。隙のない作品だった。

谷原さん一人ではない――この日のキャストが作った物語

もちろん、この日の舞台を谷原志音さん一人の力に還元することはできない。

恒川愛さんが演じたアースラは、物語を一気に暗くする海の魔女であると同時に、舞台を大きく動かすショーマンでもあった。アリエルに契約を持ちかける場面では、巨大なタコの足が舞台いっぱいに広がり、一本一本が別の生き物のようにうねる。悪役の恐ろしさと、思わず見入ってしまう華やかさが同居していたからこそ、物語の危険がエンターテインメントとして成立していた。

川口雄二さんのセバスチャンは、アリエルを守ろうとして右往左往しながら、「アンダー・ザ・シー」と「キス・ザ・ガール」という二つの大きな見せ場を担う。笑わせるだけではなく、海と陸、父と娘、アリエルとエリックの間をつなぐ存在だった。

武藤洸次さん演じるエリックは、単なる「待っている王子様」ではない。彼自身も、海で耳にした「あの声」の主を探し、自分の人生を選ぼうとしている。アリエルが地上に憧れるように、エリックもまた、自分の知らない何かに引かれている。二人とも境界の向こう側を求めているから、最後の結婚が単なるご褒美ではなく、二人が自分の世界を広げた結末に見える。

田島亨祐さんのトリトンが背負うのは、娘を愛する気持ちと、愛するあまり囲い込んでしまう父の矛盾である。玉井晴章さんのスカットル、梅村令悟さんのフランダー、白瀬英典さんのシェフ・ルイ/リーワード、田島康成さんのグリムスビー、鈴木智之さんのフロットサム、小田春樹さんのジェットサムも、それぞれに笑い、温かさ、不穏さを持ち込み、アリエルの物語を立体的にしていた。

そして、名前を挙げきれない男性・女性アンサンブルの動きが、海そのものを作っていた。誰か一人でも動きの密度を落とせば、魚の群れはただの道具に戻り、水の流れは止まってしまう。全員が細部をおろそかにしないからこそ、観客は二時間余り、本当に海底で物語を見ているような感覚になれたのだと思う。

2013年のアリエルが、十三年後も目の前にいる

谷原志音さんは、劇団四季版『リトルマーメイド』が日本初演を迎えた2013年からアリエルを演じている。今回の舞浜公演に寄せたコメントでは、この作品を「私の人生を変えてくれたと言っても過言ではない特別な作品」と語り、一回一回の舞台を精一杯務めたいと述べている。

十三年前に大役へ抜擢された俳優が、再び首都圏の舞台で同じ役を生きている。それだけで、時間について考えずにはいられない。

人は年齢を重ねる。永遠に若いヒロインでいることはできない。人気のある時期、最も華やかに見える時期も、いつまでも同じ形では続かない。スポーツ選手にピークがあるように、舞台俳優にも、声や身体や役柄との関係が変わっていく時が来る。

今回の谷原さんには、『エビータ』で観た頃とは違う、年齢相応の厚みや貫禄も感じた。若さが失われたというより、少女の無邪気さの奥に、長く舞台を背負ってきた人の強さが透けて見えた。

だから私は、カーテンコールの最後に見せた表情に、ほんの少し寂しさのようなものを感じたのかもしれない。

ただし、それを谷原さん本人の焦りや不安だと断定することはできない。私が見た「寂しさ」は、むしろ私自身の中にあったのだと思う。あまりにも美しい現在を目の前にすると、人はその終わりまで想像してしまう。この輝きが永遠ではないと知っているから、現在がいっそう神々しく見えたのだ。

しかも谷原さんの歩みを見れば、その魅力は若さや美しさだけに支えられていない。グリンダ、ナラ、ソフィ、マグダラのマリア、エビータ、エルサ、フローレンス・ナイチンゲール。純真な娘から、歴史を背負う女性、信念を貫く女性まで演じてきた。俳優にとって年齢を重ねることは、単純な下降ではない。できなくなる役がある一方で、時間を生きた人にしか届かない役も増えていく。

「モデルチェンジ」は、輝きを失うことではなく、輝き方を変えることなのかもしれない。

全員がすごい。その中に、谷原志音さんがいる

劇団四季の舞台は、一人のスターだけでは成立しない。

海の生き物を動かす人、フライングを支える人、歌い踊るアンサンブル、照明、音響、衣裳、舞台装置。出演者もスタッフも、一人ひとりが自分の仕事を高い水準で果たしている。野球にたとえるなら、全員が守れて、走れて、状況に応じた仕事ができる強いチームである。

その中に、それでも試合を決める大エースや四番打者のような存在がいる。

今回の舞台にとって、それが谷原志音さんだった。

谷原さんだけが素晴らしかったのではない。全員が素晴らしい舞台の中心に、谷原さんがいなければならなかった。そう思わせる存在感だった。

「もっと美しく生きられたのではないか」と思った

終演後、感謝と同時に、少し自己嫌悪もあった。

どうして私は、こんな小さなことにいつまでもとらわれているのだろう。もっと大きな舞台が、自分の人生にもあったのではないか。仕事をして、時々怒られ、それでも毎月給料が入り、たまに良い舞台を観て心を満たす。その安定に、どこかで自分を預けているのではないか。

もちろん、谷原さんのような選ばれた人を見て、自分も同じことができると思うのは違う。才能も訓練も、背負っているものも違う。しかし、だからといって感動を「すごかった」で終わらせてしまえば、こちらの人生は何も変わらない。

美しく生きるとは、華やかな舞台に立つことだけではないのだろう。

遠くからは見えない表情にも心を入れること。誰にも気づかれない動きもおろそかにしないこと。同じ演目を何度演じても、今日初めて観る一人のために手を抜かないこと。谷原さんやカンパニーが見せた美しさは、そういう細部から生まれていた。

舞台を出れば、私には私の日常がある。明日の仕事があり、書きたい文章もある。そのすべてを一度に捨てて、別人になる必要はない。ただ、アリエルが海と陸の境界を越えたように、自分も今日、何か一つ境界を越えなければならない。

一本の文章を書き始める。先延ばしにしていたことに手をつける。普段なら流してしまう一つの仕事に、もう少しだけ気持ちを入れる。

人生は、「いつか変えよう」と考えているうちに過ぎていく。今そう思ったのなら、今やらなければならない。

谷原志音さんに、負けた

エリックと結ばれたアリエルが船に乗り、祝福の中で新しい世界へ旅立つ。その姿を見ながら、私は泣いていた。周りで泣いている人は目に入らなかったが、もう仕方がなかった。

美しかったからだけではない。恋が実ったからだけでもない。

自分の願いを信じ、声を失い、一度はすべてを奪われても、それでも新しい世界へ進んだアリエルの姿に、止まったままの自分を見せられたのだと思う。

谷原志音さんに、私は負けた。

歌声に負けた。表情に負けた。一つの場面もおろそかにしない仕事に負けた。そして、負けてよかったと思う。これほど気持ちよく負けられる舞台は、そう何度もない。

本当に、ありがたい舞台だった。

しばらくはまだ、この海の中にいたい。


公演情報

  • 観劇日:2026年11月5日
  • 開演:12時30分
  • 作品:劇団四季 ディズニーミュージカル『リトルマーメイド』
  • 会場:舞浜アンフィシアター
  • アリエル役:谷原志音

当日の主要キャスト

役名出演者
アリエル谷原志音
エリック武藤洸次
アースラ恒川愛
トリトン田島亨祐
セバスチャン川口雄二
スカットル玉井晴章
グリムスビー田島康成
フランダー梅村令悟
フロットサム鈴木智之
ジェットサム小田春樹
シェフ・ルイ/リーワード白瀬英典

男性アンサンブル
宮本勝志、寺尾聡馬、長谷部共音、助定亮、秋山一哉、松本悠作

女性アンサンブル
塚越眞夏、豊岡陽菜、広瀬愛、染谷早紀、菅原あや乃、奥平光紀、さかいこのみ

参考資料

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この記事を書いた人

鮮魚の現場で働きながら、美術館・博物館、文学、映画、旅、仕事や人生について、実際に見たこと・経験したことを自分の言葉で記録しています。検索でたどり着いた方にも、何か一つ持ち帰れる文章を目指しています。

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