【国立歴史民俗博物館】第1展示室の感想・見どころ|4万年前から見える「人間の原型」

10年ほど前、婚活をしていた頃のことをふと思い出した。

国立歴史民俗博物館・6展示室シリーズ: 第1展示室第2展示室第3展示室第4展示室第5展示室第6展示室

早稲田大学の大学院で考古学を学んでいた女性と会ったことがある。

話の中で、千葉県佐倉市に国立歴史民俗博物館という大きな博物館がある、という話になった。

考古学を専門にしていた人だから、当然知っているものだと思っていた。

ところが、

「そこ、行ったことない」

と言う。

少し意外だった。

彼女は頭のいい人だった。

ただ、研究者として生きていくことには、経済的な問題などいろいろあったのだと思う。その後は学問とは別の道へ進んでいったようだった。

少し変わった人でもあった。

ドラゴンクエストを一度普通にクリアしたあと、二度目はわざと普通とは違う選択をして、お姫様がついてこないような展開を試した、と笑っていたのを覚えている。

そんなことまで妙に覚えている。

結局、その人とは縁がなかった。

そして10年ほどたって、私は一人で国立歴史民俗博物館を歩いている。

なんだか不思議なものだと思った。

目次

博物館は「昔のものを置いてある場所」ではなかった

今回、実際に歴博へ来てみて改めて気づいたことがある。

博物館というのは、単に発掘されたものをガラスケースの中へ並べている場所ではない。

その背後には研究者がいる。

発掘し、年代を調べ、比較し、文献を読み、場合によっては実験をし、

「当時の人間はどのように生きていたのか」

を考え続けている。

そして研究成果を、一般の人間にも分かるように展示という形にして発表する。

つまり、博物館は巨大な研究施設でもあるのだ。

考古学を学んでいたあの女性のことを思い出したのも、そのためだったのかもしれない。

大学という場所だけが学問の世界なのではない。

こういう場所でも現在進行形で学問が続いている。

4万年前の人間は、本当に「原始的」だったのか

歴博の展示は、第1展示室から第6展示室まで続いている。

まず第1展示室では、最終氷期の人々から日本列島の歴史が始まる。

いわゆる「原始時代」である。

ただ、「原始」という言葉から受けるイメージより、展示では「先史」という言葉が使われている。

実物や復元模型を見ていると、その理由が少し分かる気がする。

彼らは決して単純な人たちではない。

石を割り、削り、鋭い刃を作る。

現代でいえば包丁やナイフのようなものだ。

動物を狩る。

鹿の腹を裂き、肉を取り、内臓を利用し、皮をはいで毛皮にする。

骨や角も道具として使う。

自然の中に存在するものを、驚くほど無駄なく自分たちの生活へ取り込んでいる。

復元模型が非常にリアルだった。

専門家の研究をもとに、「おそらくこうやって獲物を解体したのだろう」というところまで再現している。

そこで感じたのは、

人間はこの頃から、すでにかなり頭がよかったのではないか

ということだった。

文明が未発達だったことと、人間の知能が低かったことは全く同じではない。

むしろ現代人よりも、手を使って生きていた。

刃物も自分で作る。

食料も自分で処理する。

衣服の材料も自分で得る。

生きるために必要な知識を、身体で覚えなければならなかった。

私はスーパーで魚を扱う仕事をしているから余計にそう感じるのかもしれない。

魚一匹を包丁で処理するだけでも、経験や技術がいる。

まして石器しかない世界で、野生動物一頭を余すことなく利用する。

それは「原始的」というより、別の意味で非常に高度な技術だったのだと思う。

女性をかたどるという不思議

展示の中には、人間を表現したものも現れてくる。

特に女性をかたどった造形物が多い。

現代人には、その本当の意味は分からない。

豊穣を願ったのか。

出産を願ったのか。

守り神のようなものだったのか。

それとも特定の誰かを表していたのか。

ただ、人間がかなり早い時代から「女性という存在」に特別な意味を与えていたことだけは感じられる。

私はそれを見ながら、後世の女神や聖母、あるいは文学の中の理想の女性まで連想してしまった。

アテナのような女神。

ダンテにとってのベアトリーチェのような存在。

もちろん同じものではない。

けれど、人間が現実の一人の女性を超えて、「女性」という像に何か特別な意味を託す。

その心の動きそのものは、ものすごく古いのではないか。

数万年前の小さな造形物を見て、そんなことを考えた。

墓を作った時点で、人間はもう「死」を考えていた

さらに興味深かったのが墓と祈りである。

死者のそばに石器や石材を置く。

死後も道具に困らないように、という意味だった可能性もあるという。

これも不思議だ。

食べることだけを考えるなら、死者に道具を与える必要などない。

死んでしまえば、その人はもう動かない。

それでも人間は、

「死んだあとにも何かがあるのではないか」

と考えた。

つまり、人間は非常に古い時代から死を単なる生物学的現象として処理できなかった。

いなくなった人を思う。

死後の世界を想像する。

何かを供える。

祈る。

今でも葬式を行い、墓を作り、花を供える。

形こそ違うが、そこにある感情はそれほど変わっていない気がする。

成人するために歯を抜く

一方で、かなり怖かった展示もある。

抜歯である。

健康な歯を意図的に抜く習慣があり、成人儀礼などとの関係が考えられている。

麻酔もない時代である。

考えただけでも痛い。

「これをやって初めて一人前だ」

と言われて歯を抜かれる。

現代人から見ると、とても耐えられない。

しかし、そこでまた考える。

昔の人間は不自由だった。

では、現代人は完全に自由なのか。

学校へ行く。

会社へ入る。

決められた時間に働く。

評価される。

一定の振る舞いを求められる。

出世したければ、組織のルールにも従わなければならない。

もちろん歯を抜くこととは全く違う。

それでも、

「共同体の一員として認められるために、何かを求められる」

という構造自体は、今もなくなってはいない。

人間は昔から社会的な生き物だったのだと思う。

犬と猫との長い付き合い

犬や猫の展示も印象的だった。

人間と犬との関係は非常に古い。

狩猟を助けてもらったり、集落の中で一緒に暮らしたりする。

そして後になると猫も人間の生活圏へ入ってくる。

穀物を貯蔵するようになればネズミが集まる。

そこへ猫がやってくる。

最初から現在のような「かわいいペット」だったわけではないだろう。

人間にも猫にも、互いに都合がよかった。

そうして少しずつ距離が近くなった。

それが何千年も続き、現在では犬や猫を家族だと考える人までいる。

人間同士の関係はこれほど複雑なのに、犬や猫との関係が何千年も続いている。

それも妙に面白かった。

稲作は豊かさをもたらした。しかし、それだけではなかった

そして水田稲作が始まる。

これは日本史では「進歩」として習うことが多い。

食料を安定して作れる。

人口が増える。

村が大きくなる。

余った米を蓄えることができる。

しかし展示を順番に見ていると、別のものも同時に生まれてくる。

土地。

財産。

格差。

権力。

争い。

戦争。

何も持っていなければ奪われるものも少ない。

しかし土地ができ、穀物が蓄えられれば、

「これは自分たちのものだ」

という感覚が強くなる。

そして守らなければならなくなる。

武器も発達する。

戦うための設備も生まれる。

戦争の模型を見ながら、

人間は精神的にはどれくらい進歩したのだろう

と思った。

武器だけなら圧倒的に進歩した。

石や木の武器から、鉄の武器へ。

そして現代ではミサイルやドローンにまでなった。

しかし、

自分の土地を守りたい。

富を得たい。

相手に負けたくない。

自分たちの集団を強くしたい。

という感情は、それほど変わっていないようにも見える。

美しいものと強い武器が、同時に生まれていく

展示を先へ進むと、人間が作るものはどんどん美しくなっていく。

石器から金属器へ。

装飾品は精巧になる。

武器も強くなる。

金属を使った装身具や権威を示す品も現れる。

文字も使われるようになる。

技術の進歩には感動する。

ところが、非常に美しい装飾品の横に、戦うための武器も並んでいる。

人間は、美しいものを作る能力と、人間を殺す道具を作る能力を同時に発達させてきた。

ここにも人間の奇妙さがある。

銅鐸と祭り――人間を一つにまとめるもの

社会が大きくなると、人間をまとめる仕組みが必要になる。

そこで祭祀が重要になる。

銅鐸などを見ていると、その大きさに驚く。

これほどのものを作るには、大勢の人間と技術が必要だったはずだ。

祭りの日に人々が集まる。

同じものを見る。

同じ音を聞く。

同じ神や祖先に祈る。

それは宗教であると同時に、共同体を一つにする装置でもあったのだろう。

現代でも似たことはある。

国旗。

学校の校歌。

会社の理念。

スポーツチーム。

祭り。

人間は「みんなが同じものを信じる」ことによって、大きな集団を作ることができる。

銅鐸を見ながら、人間の組織というものの原型を見ているような気がした。

「時間」が国家を作った

さらに面白かったのが時間だった。

日時計。

漏刻、水時計。

そして決まった時刻を知らせる鐘。

これは単なる時計の歴史ではない。

時間を共有できるようになるということは、大勢の人間を同時に動かせるということでもある。

何時に仕事を始める。

何時に集まる。

何時に儀式を行う。

何時に門を閉める。

国家が大きくなるほど、共通の時間が必要になる。

そこで妙なことを思った。

人間は文明によって自由になった。

しかし同時に、文明によって時間に縛られるようにもなった。

現代なら、

朝何時に起きる。

何時までに出勤する。

休憩は何時から。

残業は何時間。

スマートフォンを見れば1秒単位で時刻が分かる。

古代国家が時刻を知らせる鐘を鳴らし始めたところから、現代人が時計を気にして働いているところまで、一本の線でつながっている。

祈る昔の人を、現代人は笑えるのか

展示には、鳥を棒の上に置き、巫女のような存在が祈る場面などもある。

現代人から見ると、原始的な信仰に見えるかもしれない。

しかし、では私たちはどうなのだろう。

健康な子どもが生まれるか分からない。

誰と出会うかも分からない。

好きな人と結ばれるかも分からない。

突然病気になることもある。

癌になることだってある。

科学がこれだけ発達しても、人生の大事な部分のかなりの割合は自分では決められない。

だから現代人も神社へ行く。

お守りを買う。

合格祈願をする。

安産祈願をする。

縁結びを願う。

病気が治るよう祈る。

そう考えると、数千年前に鳥を掲げて祈っていた人を、

「昔の人は迷信深かった」

と簡単に笑うことはできない。

祈りは、無知だから生まれるだけではないのかもしれない。

人間には、自分ではどうにもできないことがあるから祈る。

その点では今も同じだ。

「家族」という理想も、昔からある

展示の復元模型には、家族が描かれている。

夫婦がいる。

子どもがいる。

食事をしている。

共同体がある。

安定した生活がある。

しかし、それも一つの典型にすぎない。

昔にも家族を持てなかった人はいただろう。

伴侶を得られなかった人もいたはずだ。

子どもができなかった人。

早く家族を亡くした人。

共同体の中で居場所を見つけられなかった人。

そういう人間も必ず存在したはずだ。

歴史では国家や制度が語られる。

でも実際にそこで生きていたのは、一人一人の人間だった。

幸せだった人もいれば、不幸だった人もいた。

恋が実った人もいれば、実らなかった人もいた。

それは今と変わらない。

人間の「外側」は猛烈に進歩した

歴博を順番に歩いていくと、人間の外側が発達していく様子がよく分かる。

石器。

農耕。

金属。

文字。

宗教。

権力。

国家。

時間。

法律。

都市。

人間が作ったシステムは、途方もなく複雑になった。

もし4万年前の人間を現代の東京へ連れてきたら、見るものすべてが魔法に見えるだろう。

しかし人間の内側はどうなのか。

食べたい。

愛されたい。

家族を守りたい。

病気になりたくない。

死にたくない。

死んだ人を忘れたくない。

誰かに認められたい。

豊かになりたい。

他人より上に行きたい。

怖いものから逃げたい。

自分ではどうにもならないときは祈りたい。

そういう人間の核の部分は、驚くほど昔から変わっていないのではないか。

未来の人間から見れば、私たちも「昔の人」になる

そして最後に考えた。

1000年後、2000年後の人間は、現在の私たちをどう見るのだろう。

現代では英語が世界共通語のような位置を占めている。

国境がある。

国家がある。

会社がある。

貨幣がある。

スマートフォンがある。

インターネットがある。

けれど2000年後には、そのほとんどが全く別のものになっている可能性もある。

未来の博物館で、

「21世紀の人間は、毎日スマートフォンという板を眺めていました」

と説明されているかもしれない。

私たちが弥生人の祭祀を不思議そうに見るように、未来人は私たちの生活を不思議そうに見るだろう。

「どうして一日に8時間も会社という場所に集まっていたのだろう」

「どうして国境をめぐって戦争をしていたのだろう」

「どうして紙幣や数字をこれほど重要視していたのだろう」

と言われるかもしれない。

そう考えると、「現代こそ完成した世界だ」とはとても思えなくなる。

歴博で見ていたものは、結局「自分たち」だった

私は最初、昔の日本人を見に来たつもりだった。

ところが第1展示室を歩いているうちに、だんだん感覚が変わってきた。

石器を作る人。

獲物を解体する人。

女性を象ったものを大切にする人。

死者を埋葬する人。

成人するために儀式を受ける人。

犬や猫と暮らす人。

田を耕す人。

財産を守る人。

戦う人。

神に祈る人。

家族の幸せを願う人。

人から認められようとする人。

時間に従って働く人。

これらは本当に「昔の人」なのだろうか。

服装と道具だけを現代のものに変えたら、かなりの部分は今の私たちそのものではないか。

国立歴史民俗博物館で見たのは、単なる日本史ではなかった。

人間という生き物の原型が、少しずつ姿を現していく過程だった。

人間の外側は、4万年かけて猛烈に進歩した。

けれど心の奥にあるものは、案外それほど変わっていない。

だからこそ、何千年前、何万年前の人間が残した小さな石器や墓や人形を見て、現代の私たちの心が動くのかもしれない。

そして10年前、考古学を学んでいた女性と話したことまで突然思い出した。

人間が残すものは、遺跡だけではない。

誰かと交わした短い会話も、何年もたってから突然よみがえる。

そう考えると、歴史というものは教科書の中にだけあるのではなく、一人一人の中にも積み重なっているのだと思う。

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この記事を書いた人

鮮魚の現場で働きながら、美術館・博物館、文学、映画、旅、仕事や人生について、実際に見たこと・経験したことを自分の言葉で記録しています。検索でたどり着いた方にも、何か一つ持ち帰れる文章を目指しています。

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