nyoraikunのブログ

日々に出会った美を追求していく!

三島由紀夫が愛した金沢の風景:兼六園と尾山神社を巡る文学の旅

 

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東京駅の構内にある近畿大学水産研究所で獲れた水産物を扱っている。近畿大学は世界で初めて本まぐろの完全養殖に成功した大学である。二番目の大分県では価値が半減するのだから、ネームバリューとは一番でなくてはならないのだ。

自分以外にも料理を写真におさめる人多数有り!

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マグロもブリのみそ煮も身質が素晴らしい。万遍なく程よい脂がのっているといった感じだ。

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新幹線に揺られること3時間半で金沢駅到着である。出口で突然倒れ意識を失った女性がいた。手の爪に赤いマニキュアがついていたから酔いが回ってのことだろうかと思った。駅員数名で対処していた。

 

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KKRホテルに到着した。月が東京よりハッキリ綺麗に見えた。目の前は金沢城の城壁である。

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「公園の登り口は金沢城石川門の白い気高い櫓と相対し、あたりの砂利道には遠い紅葉の落葉が届いていた。二人はその広い砂利道のゆるやかな勾配を、公園の木深い高みへ向って登った。

登るにつれて、暁子の心には、未知への場所へではなく、むかしから親しんだ場所へ一歩一歩足を踏み入れてゆくときの感動に似たものが湧き起こった。」

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「眼下には金沢市街の古い屋根屋根の瓦が釉を光らせ、寺院の甍がそびえる傍らには、新しい中学校のビルもあった。電信柱と電線の網の目が、これほどふさわしく見える町はなかった。明治風の白煉瓦の銀行にも、鏡のこまかい亀裂のように、電線は交わって見え、冬の日ざしのくっきりと半ばする電車通りを、黄いろと赤に染め分けた市電が一心に走っていた。」

三島由紀夫が訪れた当時と金沢市街の景観は一変している。しかし、旧市街がどういう景色であったかは、目の前に浮かんでくるようであった。

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「霞ヶ池周辺の風光は、暁子の眼前に、記憶の親しみと印象の新鮮を兼ね備えた、類いない静寧の美をひろげた。」

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「池の対岸に張り出した内橋亭の茶室の、閉てきった障子の白さが目にしみた。」

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詩人中原中也が郷愁に駆られて泣いたとされる日本武尊

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金沢城南側の景観。

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尾山神社神門前から空を見上げる。当時、無かったであろう高層ビルをのぞいてみれば、三島由紀夫の描いた風景は、存在していたものだった。 

「晴れた冬空は、一枚の絶対の純潔の青い延べ板のようだった。」

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神門はまことに奇抜な意匠で、明治8年オランダ人ボルトマンの指導によって建てられた最後の名残だった。三層の巨大な門のすみずみまで、崇高なところは一つもなく、左右一対の唐獅子が、竜宮城を思わせるその子供っぽい建造物を護っていた。しかも煉瓦づくりの唐門の3つの穹窿は、松に鶴の伝来の透彫の欄干に区切られ、支那風の意匠のいたるところに梅の紋章がちりばめられ、第三層のオランダ風の窓には緑や青や赤のギャマンが嵌め込まれていた。そのギャマンの五彩の裡には、むかしは銅板四柱造の高揚燈が光芒を放ち、遠く日本海をゆく船路の目じるしにさえなったのである。」

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太陽を浴びて育った明るいシャクヤクの葉よ

君を見ればわたしが1番健康だった時を思い出す

明るい未来を信じて疑わないその姿

可愛さと懐かしさを授けてくれる

 

何もかもが遠くに去り行くように思う40歳

金沢での一人旅

好きだと言えなかった金沢出身の彼女に

今になってシャクヤクの精一杯の緑の葉を渡せたら嬉しいのに

 

きっとお宮の松は純粋で可愛らしい方だったのだろう

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