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三島由紀夫『絹と明察』 考察:彦根城

 

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40代になって、未来・将来よりも、過去の自分が未知なるものに感じてきて、そのいくつもの事実を、まとめてみたい欲求が高まってきた。そして、いつ死ぬかわからないという思いも強まってくると、ますます破廉恥になってきている。この滋賀県琵琶湖周辺の旅で、高級ソープランドに2度顔を出した。未発射は無かった。最近、逝けないのは、相手の女性に色気がないからである。

 

 新幹線米原駅で降りて、彦根駅に行くために電車に乗ると、ベンチに若い女性が座っている。携帯電話を前かがみで見ている光景である。後の世で、この時代を振り返った時に、この姿は、一つの象徴になるだろうか? 

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彦根駅に昔の戦場で用いた武具が飾ってあった。科学技術の発達により、戦争はより高度になり、過去の遺物といった様子で、私達に何かを問いかけている。

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「岡野は駅からまっすぐの道の突き当りの、護国神社にまず詣で、深い杉木立を背にした茶いろの簡素な社を美しく見た。戦死者はすべて、彼には、愛らしく親しみのある存在と感じられた。彼はあの『祖国』という言葉のパセティックな響き、その言葉にこもる杉の香のようなものが好きだった。」

護国神社は太平洋戦争で亡くなった兵士を祀ってある神社で、また、彦根は戦果にさらされていないし、日本の歴史的風土を色濃く残した土地であるから、日本的心情をもとにした企業と西洋的知性の対決を描く上で、滋賀県を選んだのであろう。また自身の小説が、より多くの人に伝わり、多く売れることを願ったのではないだろうか。

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「神社の左方には観光バスの群がる広場があり、大ぜいの人が壕ぞいのいろは松の並木のほうへ、だらしのない歩調で流れた。壕の対岸の苔むした石垣には、蔦紅葉があざやかで、黄緑色の堀の水に、あたかもサングラスに映った景色のように、その色が変色して映っていた。」

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いろは松とは、かつて47本あったことから、そう呼ばれている。根が地表にでてこないことを特徴としている。彦根は、江戸幕府において信頼を得ているということで、参勤交代の時に、各国の殿様が立ち寄るらしく、根が出ていない道にする必要があった。四国の方から取り寄せたというから、その時代の彦根城主井伊家の威勢が知られる。

開国に導いた井伊直弼は、桜田門外の変で暗殺されるが、その時代における先見の明があったともいえるだろう。『絹と明察』で西洋的知性の代表者としての岡野が、この場所を訪れた描写を、物語の初めにもってきたのは、とても深い内容があるといえる。

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「城は一歩々々岡野の前に懐をひらいた。表門橋を渡り、ひろい石段を上って、通路の頭上をよぎる廊下橋の下へ出ると、右手に高く天秤櫓の隅櫓が、日を受けて温かい白を湛えた。石垣の高みに澄明な空があり、岡野のまわりにはたまたま人影が絶えたのに、廊下橋を渡る多くの靴音だけが、幻の谺のように空に響いた。」

 


入口から、ひろい石段というか、でこぼこ道を上がってきて、吐く息が荒くなる。5月末であっても、額に汗をかくほどだ。天秤櫓の白は、私の心までを、明るく優しく迎えてくれるように満ちている。コロナ禍の平日であるし、観光客は、中南米系の外人3人と、その他、犬の散歩できているような人達で、靴音は聞こえなかった。三島由紀夫が取材できたときは、靴音が谺していたのだろうか? ここで、音がなるという芸術上の効果を狙っているというのもあっただろう。実に美しい描写である。

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岡野は団体見物を避けてわざと遅く歩き、橋をわたり、櫓を抜け、さらに石段を昇って、太鼓楼門の前ではじめて空に浮かぶ天守閣の、晴れやかな白に接した。気高く首を立てた白馬のような姿である。螺旋状に昇ってここへ近づいてゆく人の心に、たえず鳴りひびいていた主題の予感をついに成就させるその姿は、建築の頂点でもあり、音楽の頂点でもあって、目にしただけで、そこまでのすべての過去の時間や場所が、実はもともとこの一点へ集約されていたのだという発見をさせるような力があった。岡野はしばらくそこに立ちつくして見とれ、多数の人間を統括する精神の形にあらわれた美をさとった。最上階の唐破風と、その下の千鳥破風との間の白壁に、穿たれた優雅な華頭窓は、この城独特の意匠だと岡野は知っていた。

 暗黒の力よりも、こんなに晴れやかな闊達な力で、人々を支配するのは、さぞ愉快だったにちがいない。彼は天守閣にちょっと嫉みを抱き、太鼓楼門の内の広庭をいそいでよぎって、沓脱ぎにごたついているがさつな民衆と今度は一緒に、大きなばからしい感嘆の声と一緒に、天守閣の中へ紛れ入ることに喜びを感じた。」

気高く首を立てた白馬のような姿というのは、的を得ている。YAHOOの口コミでは、以外と小さくてガッカリしたというコメントもあるが、私も小さいと思ったが、タイムスリップしたような気分を味わった。急に江戸時代に引き戻されたかのようで、主題予感をついに成就させる力を、天守閣の姿に感じた。

昨日の仕事の疲れもあって、ベンチに座って、城を見上げると、私は、人生で初めて城を前にしたと思った。昔は、これで、国を守れると信じていたのだろう。素朴な戦争への郷愁を誘われる。

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「暗い階段をいくつも昇る。鉄砲狭間の三角四角、矢狭間の短冊形の、小さな光りの破片がいくつも足もとに落ちる。ついに最上階に来て、人ごみを分けて西の窓を覗くと、琵琶湖はうららかに展け、網代の小柴が転々と見える。」

 


「もっとも佳いのは、南の窓である。岡野はその窓辺を離れる気になれなかった。一望の下にある犬上平野は、芹川の川向こうから、徐々にまばらになる人家のあいだに、冬菜の畑や刈田のひろがりを際限もなくつづけ、観音寺山の霞む山頂に、いくら巻いてもはねかえる卒業免状の紙のような、固い冬の雲の幾巻を置いていた。

 窓のすぐ上の空を鳶がめぐり、窓框に光る雲の巣がきちんとした綻びのない図形を掲げていた。その蜘蛛の網までが、追憶の正確な形を保っているように思われたので、岡野はヘルダアリンの「追想」の一節を口ずさみ、こんな小春日和のなかで、詩が突然、鋭い殺人の道具に変貌するさまを思い描いた。」

 

詩が殺人の道具に変貌する、認識が人々が築いている世界を破壊する、すなわち、破壊の哲学という訳である。私が文学を一所懸命にやっていく先に何が残るのか? それは哲学的志向であり、それは、和より破壊である。

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鳶が天守閣の周りを巡っている。三島由紀夫は現地に足を踏み入れ、しっかり調査した上で小説を書いたことがわかる。

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芸者菊乃の世話をすると見せかけて、駒沢絹紡会社を破壊していくキーマンに、本人の気付かないところでさせられていくのが、ミステリータッチで面白い小説である。紅葉の美しいとされる西の丸跡の広場を菊乃とそぞろ歩くあいだに、岡野は、日本的心情主義経営を掲げる駒沢社長の破壊を決意する。

「遠いところで、多分湖の霞んだ沖で、彼のいつもあいまいな、それでいて破壊的な、野心と詩がはためいていた。彼は別に誰を憎んでいるのでもなく、愛しているのでもなかった。ただ無意味な根深い公明正大な情緒の持主だけは、こなごなにしてしまいたかった。……すると突然、彼の脳裏に駒沢の顔が浮かんできた。」

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山崎郭で、組合運動のリーダーとなる大槻と、その彼女である弘子と偶然、岡野と菊乃は出会った。ここでの出会いが、会社との組合との全面闘争へと発展していく導火線のようになる。

また、初夏ということもあり、雑草が多く茂っており、人影が少ない。大槻と弘子が、初めて性交をして、愛を確かめあったのも、この場所である。

 


「大槻は去年の秋、はじめて弘子と、彦根城土佐郭の、人目に隠れた一隅の叢で、結ばれた時のことを思い出す。2人は唇が乾き果てるほど、何度も長い接吻をつづけて、腕はお互いに、着ているものの下から素肌に巻いていた。弘子の肌の感触は、彼の掌、彼の指先の一つ一つに、野火のように燃えひろがった。許しを与えるしるしに、弘子の脚の力が柔らいだ。

大槻は彼女の小さな草花の縫取のある半透明の下穿きが、きついゴムで腰に食い入っていて、それを彼の肉刺だらけの掌が巻き下ろしたとき、彼女のまどかに白い下腹に、くっきりとゴムの環の跡をのこしているのを、えもいわれず可愛らしく思ったのをおぼえている。

 

このくっきりとしたゴムの跡という表現は、処女を扱う生々しさが現れている素晴らしい表現法である。あたりの雑草を見て、三島由紀夫も生命力を感じ取り、若者の性交をこの場所に設定したのだろう。


「『あ、水上飛行機だわ』

と湖のほうを見ていた菊乃が言った。皆はそのほうへ目を移した。

湖は眼前にあるのではない。家並のむこうに、高低の屋根々々に劃されて、ひろがっているのである。すると小型の水上飛行機が今し離水しようとしているのは、かなりの沖合である。小豆地に銀線を配したその飛行機の、操縦士の姿はむろん見えないが、水しぶきを上げて滑走している銀いろのフロートや、翼の古風な木組は、日を受けて、くっきりと見える。弘子はいつのまにか摘んだ白い野菊の残花を、指さきに挟んで、丁度デッサンをとる人が鉛筆を構えて構図をとるように、滑走している水上機のほうへ横にかざした。水しぶきは連続して、ついに機が離水するとき、機に縋って一瞬ひろがった水の幕が、鮮明な虹を宿した。

岡野は弘子の動作に興味を持って、彼女の肩ごしに眺めていたから、小さな白い野菊の花が、飛び翔つ水上機と、その水しぶきの虹とに十分拮抗する大きさで、ほんの刹那の遠近法の魔術を演ずるのを見た。水上飛行機は、白菊の花によって、虹と固く結び合わされ、この三つのものが、同じ力で引き合っていたのである。……

 こんな幻も忽ち消え、機は離水直後、左へ翼を傾けて左旋回すると、対岸の方角へまっすぐに飛び去った。」

 

三島由紀夫が訪れた当時は、民家や住宅の屋根も低く、ここから湖を眺めることができたのだろう。ほとんど見えないが、この場所から、4人の会話が聞こえてくるようだった。

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阪神タイガース・プロ野球・スポーツ