
高市早苗総理は、衆議院を突如解散すると発表した。これは、自身の掲げる政策を全面的に実行することの是非を、有権者である国民に直接問い直すという意思表示なのだろう。現状では、自民党内の派閥力学の中で彼女の裁量は限られており、ある意味では麻生太郎の影響下にある「操り人形」のような立場に見えなくもない。
それでも高市が一定の支持を集めている理由は明確だ。日本各地で移民が増えつつあることへの不安が、とりわけ若い世代を中心に高まっていること。さらに、日本は北朝鮮・中国・ロシアという核保有国に囲まれ、各国が右傾化する中、ウクライナ戦争を目の当たりにして「核を持っていれば攻められなかったのではないか」と感じる人が少なくない。そうした漠然とした恐怖と不安の中で、高市の強硬な発言が頼もしく映るのは理解できる。
しかし同時に、「このままでは、高市が総理になっても結局は何も変わらないのではないか」という苛立ちが広がれば、支持率は低下し、それは彼女の政治生命そのものに直結する。
高市総理は、かつての大阪府知事・橋下徹とよく似た立場にあるように思える。それは、地盤・看板・カバンが必ずしも強固ではなく、世論やイメージに依存せざるを得ない状況に置かれている点においてだ。麻生や小泉のように、どれほど凡庸であっても「選挙区の名前=当選」という安定した基盤を持つ政治家とは異なり、彼女の周囲には常に、政治的状況が一変するかもしれないという不安と恐れが付きまとう。
台湾有事をめぐる発言についても、私は慎重さよりもスタンドプレー的な側面を感じている。強いテーマを打ち出すことで、自身の存在感を必要以上に大きく世間に印象づける。その勢いのまま、たとえば韓国の首相と会談し、ドラムを贈られるといった場面も含め、「絵になる政治家」というイメージを演出する。こうした振る舞いも、彼女が持つトリックスター的性格の表れなのだろう。
高市自身も、このままでは支持率が下がっていくことは織り込み済みのはずだ。その前に「国民に信を問う」という形で勝負に出て、仮に敗れて退陣することになっても、自民党内では極右の象徴としての地位を確保できる。加えて、現在の高い支持率を背景に、自らの派閥を強化することも可能になるだろう。麻生派や小泉派といった、足を引っ張りかねない勢力の影響力を削ぐことができれば、彼女の目的はある程度達成されたと言える。
一方で、国民生活に目を向ければ、現時点で多くの人々が飢えや渇きに直面しているわけではない。衣食住は概ね保たれており、日常生活に深刻な不自由を感じている人は限られている。諸外国と戦争をしてまで生活を豊かにしてほしいと願う声は多くなく、今ある平和が維持されるのであれば、それで十分だと考える人が大半だろう。独裁政権の誕生や、憲法九条の改変を強く望む国民は少数派だ。金で安全保障が買えるのであれば、それでいい——戦争に行きたい人も、軍事訓練を受けたい人も、ほとんどいない。
だからこそ、現在の民意は「高市早苗には脚光を浴びていてほしいが、実際の権限は野党によって抑制されていてほしい」という、ある種のバランス感覚に落ち着いているのではないか。
今回の解散というパフォーマンスによって、高市は自民党内で「極右」という称号を確立し、たとえ過半数を獲得できなかったとしても、反高市派を党内からあぶり出すことには成功するだろう。そして、敗北後に頭を下げて反省の弁を述べるその裏で、それすらも予定調和であったかのように、心の奥では静かにほくそ笑んでいるのかもしれない。


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