やりたいことが沢山あっても、人生における時間は限られていて、ほんのわずかしかできない。
私の職場に週4日出勤、1日8時間勤務の早稲田大学卒の小説家志望の30歳男性がいる。彼は休憩時間も純文学の本を読んでいる。帰宅したら小説をせっせと書いてはいるが、新人賞の最終選考に残ったことは一度もないようだ。彼の友達は、谷崎潤一郎の研究で評価されて、この度、有名な研究所に招かれたそうだし、大学院で宗教の研究をしている仲間もいるそうだ。その人達に比べて勉強する時間が足りないと嘆いている。
食事をとる時間、寝る時間、仕事をする時間、家事をする時間を差し引くとわずかしか残っていないというのだろう。私も机上の空論と揶揄されようと、学問ができた時間は、大学の4年間しかなかった。その時間を遊ぶでもなく、彼女をつくるでもなく、将来の仕事を見越した勉強でもなく、ただ、三島由紀夫と太宰治だけ図書館に逃げるように通っては、読み続け、日記を書き続けていた自分は、果たして何であったのかと思えてくる。
『午後の曳航』の少年のように、扉の中にいて、誰の力も借りず外から鍵をかけることはできないのかと考えていたともいえる。それほど、私は大人になれないと焦り、周囲に心を閉ざしていた。今思えば、あの時しか、本当に机上に向き合い、思索に思索を重ねた月日は無かったようだ。高校野球の3年間も、大学生活の4年間も、私にとってはありがたい青春であったと今なら思える。
しかし、就職氷河期であったこともあり、就職活動も適当であったこともあり、42歳を迎える今年、私の社会的立場は、ローカルスーパーの担当者である。先日も、レジ研修で、パートリーダーである五十路のオバタリアンに怒られた。
仕事先があるだけ感謝しなくちゃいけない。それでもふと、何故、毎日、魚を切っているのかわからなくなる。人は生きるためにパンを食べるのではなく、パンのために生きているという感じがしてくるのだ。きっと、人生が愛せないのかもしれない。人のためにという気持ちが持てないから重症なのだ。
昨日、映画『雨に唄えば』を観た。不朽の名作と名高く、ロッテントマトのトマト指数(評論家指数)は、100点である。これが名作か? と首をかしげたが、エンターテイメントに徹した作品として考えれば、わからなくもない。1952年の作品であるから、まだ昭和20年代で、焼け跡に闇市が栄えていた頃に、このような娯楽作品に海の向こうでは楽しんでいたのだから、凄いことだといえよう。
先日、投稿した『バビロン』の主人公が、最後、映画館で、この『雨に唄えば』を観て涙を流すように、作品の肝となるところは、無声映画からトーキー(音声)映画に移行する際、地声が高いゆえに時代に乗り遅れている俳優である。『バビロン』は、俳優達の悪戦苦闘を描いていたが、『雨に唄えば』は、全くのコメディーであり、娯楽作品に徹しているとの違いがある。
有名な大雨の中、恋の喜びに胸を弾ませ、タップダンスを披露し唄うジーンケリーの姿は、生命の充実感による喜びを花のように表している。冒頭に黄色の雨合羽と黒と赤の傘をさして上機嫌に歌を歌いながら行進するジーンケリー、ドナルドオコナー、デビーレイノルズがこの世にいないと思うだけで、3人の明るさが、より際立って感じられる。あの世にいる人に、映像を通して励まされる、勇気づけられるとはどういうことだろう。私は、来月3月に42歳になる。後、何年生きられるだろう。父親は87歳、母親は77歳、後、何年一緒にいられるだろう。
大雨の中、恋の喜びをタップダンスで表す↓
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冒頭の場面↓
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