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「八景亭はいわば池の真央に懸り、池は複雑な形で八方に入江を作って、いくつかの島を抱き、朱塗りの太鼓橋や、石橋や、土橋や、平らな木橋などがあちこちに架せられ、島の灌木はあらかた角や丸に刈り込まれて、息苦しいほど人工的な庭を成していた。そしてこの庭の隅々に、そう聞かされなくてはそれとわからぬ、近江八景の微細画がはめ込まれていた。
小径は羊腸として、たとえばすぐ目の前の入江の対岸に達するにも、まるで予測のつかない迂路を辿らされ、傘なりの松の下かげや、苔石のすべる汀のほとりを、通らされた。岡野は睡蓮や菖蒲の花季に来なかったのを残念がったが、紅葉は、島々の要所に、昼間の篝火のように燃えていた。
庭のながめは、ただ小さく人工に固まったものが、視野の全部を占めているのではなかった。庭のまわりは深い木立におおわれ、されに伊吹、霊山、大洞、佐和の連山を借景とし、南には木々の梢高く、白い舟が懸かったような天守閣の姿が眺められた。八景亭の或る部屋からは、午後になってすこしずつ殖えてきた雲と共に、池心深く、天守閣がその白い投影を、じっと凝らしているのを見ることができた。
岡野はそういう投影と自分とのあいだに、遠い距離を感じた。崇高なものが好きなのは彼の病気で、それが彼の残酷さの原因だった。」
「岡野は答を待たずに合図の手を打ち、その鳴る音は池に谺した。先程から橋向うの木蔭に隠れていた大槻と弘子は、庭のはずれに通ずる朱塗りの太鼓橋の上へ姿を現わした。
この瞬間の2人は実に美しく、岡野はアイヒェンドルフの小説中の一場面を見るような気がした。……(中略)
『お連れさんでっか』
と近づいて来る若い二人を見つめながら、駒沢は問うた。
『お宅の工員さんですよ。さっき彦根城を散歩しているうちに知り合って、ここへ連れてきたんです。』」
大槻や弘子が社長に、工場での労働の厳しさを打ち明け、大槻が最後立ち上がり、岩を池心に投げてみせる場面は、安易な駒沢のよりどころである大和心の象徴とした彦根城の投影を破壊する意味がある。いつの時代も、若い者が、旧弊たる体制を破壊し新しい社会をつくってきた。そうでなくては、その社会は、厳しい世の中で存続できず、牛後に廻ることになるだろう。
まるで作中人物が出てきたかのような若い男女の結婚記念の撮影だろう。思わず見とれてしまった。
木村重成の首塚がるお寺で、組合の重要な会合をした。駒沢の首を狙う革命家の大槻である。歴史と重ね合わせて、世の中が変わっていく摂理を表したかったのだろうか?
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