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新橋駅の汐留改札で13時以降に待ち合せた。彼女は13時15分頃になるというメールが入る。改札口向こう側の階段から降りてくる彼女の足取りはゆっくりで、顔も曇りがちで、どこか悩んでいるように見える。私と会うと、笑顔にはなったが、目の奥では笑っていないような雰囲気だ。アラジンの劇場に向けて歩きながら、汐留改札の写真は、自分で撮ったのか? と不審な様子で聞いてくる。
あれはネットにあった画像をコピーしただけだと答えても、素直に納得しないようである。
今朝から食事もせず、咽喉が乾いたということだから、劇場のあるビルのコンビニに立ち寄ろうとしたら休みであった。少し歩いたところにドラッグストア「マツモトキヨシ」で、私は緑茶の綾鷹を手にとり、彼女のアイスティーと一緒に会計を済ました。1つしかないビニール袋にアイスティーを入れて、彼女に渡した。ビニールはいる? と聞くと、いるいると答える。
「緑茶はバッグに入れたね」
と力の無い口ぶりだ。私の好意が不審のもとになっている感じがした。歩きながら、アラジンは何回目だっけ?と聞いてくる。私は以前、メールで2回観たことがあると書いたのだが、2回目だよと嘘をついた。じゃあ私と同じねと呆れたように笑う。
アラジンの内容は、盗人でお金の無いアラジンが、魔人ジーニーの力を借りて、大金持ちの王子様となり、王の娘ジャスミンを口説くという内容で、これも、彼女の過去の傷に響くものではないかと不安になった。今回は、彼女がもう一度観たいというのだから、心配することもないだろう。
芝居がはねて後、「天空焼肉 星遊山」で食事をするにも、まだ時間が1時間半あった。無目的に歩くことになりそうだから、喫茶店でも入りますか? というと、黙ってうなずいた。「bubby's 汐留」の看板が目についた。あそこにしようか? ドリンクだけで大丈夫なのかなと首をかしげる。2人、同じ野菜ジュースのようなドリンクを頼んだ。
Kさんは、青い顔をして、ゆっくり話始める。
「違うんならいいんだけど、Mさんといて、嫌な気がしないじゃん。すぐ同調するし、皆にこんな風に応対しているのかなと思って……、まだYOUBRIDEはやっているの?」
「もうやめたけど、半年契約だから、10月までは会員になっているみたいで、2ヶ月ぐらいログインをしていないよ」
「本当に? メールでもきたらどうするの?」
「ログインしていないと、自分のプロフィールの表示が上位にこないから、全然なんだよ。自分にとっては、美帆さんが最後だから、いや、ストーカーじゃないよ。他には興味がないよ」
「私は、見た目から、そういうのが器用に見えるじゃん。本当は不器用だからね。Mさんは、逆に不器用に見えるけど、そういうところあるのかなぁと思っちゃって……。付き合っているのに、別れた時のために保険かけているのとかあるじゃん。ああいうの凄く嫌なんだよね」
ギクッとしたけど、彼女の真摯な思いに触れ、私の胸は高鳴り、ここだけの話、勃起した。
私はKさんの育ちが経営者の娘として育ち、田園調布、自由ヶ丘、品川、恵比寿、有楽町というと、日本のセレブの街として、上位にあげられるところで仕事しているから、目も肥えていて、目標とする生活レベルが高いと思う。その期待に沿えるだけの力が、自分に備わっているのかということが一番の不安だと述べた。彼女は、そんな違いは何も感じないと頷いている。社長令嬢だと話しても、IT社長のようなものではなく、土木関係だから、汗のニオイがするし、男臭い中で育ったため、男のような性格になったのかもしれないと笑っている。その笑顔が可愛いかった。
冷房が寒いというから、外に出ることにした。PLAZAがあるというから、彼女についていく。化粧品売場であった。口紅、マスカラ、化粧品の道具を、一つ一つ確かめている。美容は奥が深いと思った。
焼肉店に入る。外は、汐留の電通ビルがあり、その脇から東京都心の高層ビルが遠くまで櫛比している。人工的なもので埋め尽くされている世界を眺めていると、そこにいるそれぞれの生活感情よりも、蟻の巣ではなく、東京人の巣といった心身共に同一色の人種しか存在しないようなはかない気持ちになる。
彼女は席につくと外を眺めた。
「個室じゃん」
と喜びとも怒りともつかないあやふやな言い方をした。
朝から何も食べていないとあって、出てくるものを、私より早く片付けていくようだった。
デザートを残して食べ終えたところで、彼女は席を立ち、トイレにいった。私はその間に会計を済ます。
帰ってきた彼女は、貯金はいくらあるんだっけ? と聞いてくる。
「前、写メで見せたと思うんだけど」
「他にはないの?」
「あれ全部だけど」
「あれだけかぁ」
と下を向いた。彼女が急に不潔になったような気がした。相談している店長が金目当てではないか? と心配そうにしていたのを思い出す。私も、ついにきたのかと思った。以前、不動産に勧誘されそうになったことがあったのだ。
彼女は父親の紹介で社債をやっていて、ローリスクなんだけど、金利が3%あって、先月、元本も回収したから、トータルで300万円ぐらい利益を出していると話した。金銭感覚のことで、合わないんじゃ、また、結婚直前で辛い思いするのは嫌だなぁと意気消沈している。資産運用なら別にいいじゃないか、やろうよと励ますように話していても、ここだけは彼女は譲れないとばかりに、真剣な目で私を見つめてくる。
「もし私が言わないで、友達に言われたら、やろうかなと思うの?」
「思わない。生活に差し迫ったものが無いから」
「じゃあ、子供だったということ?」
「20代で小説家になりたいと話したことがあったよね。文豪になる人達は、太宰、三島、宮沢賢治、バルザック、ゲーテだって、皆、貴族的な育ち方をした人達なんだ。そうでなければ、人間関係における美を描くなんてことを考えられないんだよ。自分が大学を卒業して作家になりたいと考えた時、親元から通う独身貴族として、人工的に貴族的な生活をこしらえたとも言えるのではないか?
女性が結婚相手として選ぶ条件は3つあると三島由紀夫を言う。それは、お金、社会的地位、男性的魅力なんだろうけど、お金と地位を偽るのは、いずれ破綻をまねくのはわかるからやらないだけで、男性的魅力だって、結婚したらいきなりカツラをとったらヤバイでしょ。僕は、お金と社会的地位については虚飾なく、正直に答えるようにしているんだ。相手が処女だったら貞操権侵害で訴えられた場合、200万円払わないといけないじゃん」
処女だったらと言った時に、彼女は金剛力士像のような怖い顔をした。もしかしたら、5年付き合った彼氏が、初めての人だったのであろう。そうでないといいなぁと思った。
「私は親と子の違いより、先生と子の違いがあるわね。スパルタでいくしかないわね。しっかりしなさいね」
と彼女は立ち上がった。急な感情の変化が読めず、私はタジタジとなって、彼女の後ろから店の外に出た。帰りは有楽町で別れた。また逢いましょうというと、頷いていたから、大丈夫だと思う。しかし、女心は秋風のように変わりやすいというから不安だ。