38歳になる3ヶ月前の12月に結婚相談所に登録をした。34歳で婚活パーティーなるものを経験したが、10回ぐらい参加して一度だけカップルになっただけであった。その女性とも翌日から音信不通である。免許証1枚で誰もが参加できるとあって、気軽さはあるが、女性を無料にして、男性からお金をとろうとするビジネスモデルに嫌気がさして長くは続かなかった。プロフィールカードだけを交換して話をするだけで、一体私の相手の何がわかるだろう。
職場私生活、で出会いを求めても難しい。職場では上司の顔色ばかりをうかがって仕事をしていて睨まれることを恐れる心が強いし、根っから皆に話しかけて、明るいキャラクターではないから、私が意中の女性に声を掛けると不自然極まりないのだ。
大学生の頃、近くのスポーツジムのインストラクターが、女にモテたい? 付き合いたい? と聞いてきたことがあった。私はうなずくと、みんなにしっかりコミュニケーションをとって仲良くなることが大事だよと、政治的手腕に似た手管を教えてきたことがあった。私は口下手なのかもしれないが、人と接する時の自然さが欠けている。
年齢からしても時短を求めて登録したツヴァイで、私の婚活市場での価値をハッキリと突きつけられることになった。
紹介書にある女性ほとんどにコンタクトを申し込んだ。現在2019年5月16日(木)で紹介人数113人のうち、申し込んだのは112人、(ごめん! 1人の容姿は萌えるというより畏怖を抱くほどだった。金剛力士像を前にした時に似た気持ちになるので、申し込まなかった)のうち、会えたのは、5人である。1人はコンタクトを承認したにも関わらず、会うと言っておきながら、返事がこなくなり自然消滅だ。あれで公立の中学校の教壇に担任として立って教えているのだから恐ろしい。
一人目は共立女子中から大学まで付属で進学した女性だった。新宿西口近くのルノアールに誘って、店内に入ると客が数人並んでいた。それだけで不機嫌そうに首をかしげている。席につく際に、私が男性がそっちの方が良かったかなと聞くと、いいよっと周りが目を向けるぐらい苛々を露わにした。何故、私に会いにきたのだろう?
彼女は、幼少期から一年に2回はまとまった休みを利用して海外旅行をしていたらしい。そういう家庭を望んでいるのが話しているうちにわかってきた。父親が言うところには、イギリス人は舌がないというとおり食事はまずくてしょうがなかったそうだ。行き交う人達の顔がみんな偉そうで、かつて5大陸を支配した国民だからというのもあるのだろうかね。イギリスには行ったことあるの? こういう質問には、頬をほころばせて面白いねと相槌を打ってくる。エンパイアステートビルの入口にあるクリスマスツリーの点灯は、12月1日に必ずニュースになるね。ウォール街の株価が大暴落をして、大恐慌の中、職を提供してくれてありがとうという想いからエンパイアステートビルの建築に関わった労働者達が皆でお金を出し合い、感謝の気持ちで造ったクリスマスツリーなんだよねという話には、興味深くうなずいている。
家族構成をみると、両親の年齢が私と同じぐらいなのには驚いた。高度経済成長期、バブル景気の恩恵を受けている両親は子供に好きなことをさせられた。学生の頃、今のように奨学金の問題がマスメディアでクローズアップされることはほとんどなかった。世界史上、これだけ庶民がお金を有し、戦争はいけない軍隊はいらないと戯けたことを叫んで、マイホーム主義を徹底できた時代は珍しいのではないか。それと同じことが忘れられなくて婚活されても、一年間で連続して休めるのは4日あればいい方の私は到底無理な話である。過去の快楽、達成感、充実感が、かえって自分を未来へを向かわせるし、障害にもなるものだ。私は甲子園でレギュラーになるような選手ではないけれど、夏の地方大会予選2回戦でサヨナラヒットを打った快感が忘れられず、いまだに鏡の前で一人でいると、スウィングを始めてしまう。それと同時に、現実に軽い虚しさを覚える。努力して掴んだ喜びも、時が経てば、麻薬のように我を苦しめることがあるものだ。
「行ってくればいいじゃん。俺は一人本を読んでいればいいよ」
この言葉で、すぐ帰りましょうとなった。