nyoraikunのブログ

日々に出会った美を追求していく!

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青梅かんぽの宿 で日本シリーズを見てわかったこと!

両親と青梅のかんぽの宿に泊まることになった。一年に数回は、我が家の別荘だと父親が言う通り行くことにしている。朝晩と美味しい食事が出ることが楽しみであるし、ちょっとした気分転換になるから私も嫌いではない。八王子の自宅から車で1時間もせず着くことになる。
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f:id:nyoraikun:20191024191031j:plain(風呂の窓から見た景色)
f:id:nyoraikun:20191024191111j:plain(夕食、鰈の焼き物が美味しかった。ハゼの天ぷらを抹茶塩で食べたが、メチャクチャ美味い。写真には天ぷらがないけれど、別口で頼むと良い)
今回の旅行で母親の元気がない。理由は、布団だと腰が痛いからだ。母の背中は年々くの字に曲がっていく一方である。寝返りを打つたびに痛いとうめいている。
「美味しかったよ。ありがとうね。長生きできそうだよ」
という言葉も、どこか寂しそうで、先が長くないかのようで、ふと涙がこぼれそうになった。
新聞屋の巨人が、ITのソフトバンクに負けたことがショックであったのかもしれない。金にものを言わせて選手を搔き集める金満対決であった今年の日本シリーズ! 私が20年前の高校生だった頃、通勤電車で新聞を読んでいるサラリーマンを沢山見かけたけど、今は、ソフトバンクがシェアのトップを誇るスマートホンを見ている人が圧倒的だ。新聞を売るというより、コンテンツを売る時代になっている。新旧交代をこれほど示した闘いはないだろう。両親はパソコンが一切できない。病院の予約も電話でなければできないと抗議するぐらいだ。常々、アナログの人間だからと嘆いている。
日本シリーズが坂本の三振で終わり、お通夜のような部屋を後にした。1階ロビー横の休憩所で、円城塔の『エピローグ』を読む。f:id:nyoraikun:20191024192916j:plain
11月4日(月)文化の日に、私は以前、立川で会った文学好きの女性と会う。彼女の勧める本がエピローグなのだ。
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内容は支離滅裂という印象を抱いた。人工知能が人類のはるかに追い越した未来の様子を描いているというのだろうか? それを既存の言語で表すことは不可能であるのに、あえてそれに挑戦する姿勢が評価されたにすぎず、これを文学と言えるのは甚だ疑問だ。
円城塔安部公房に憧れている。安部公房も同じ理系の作家であり、思考実験の小説といったところも同じだ。しかし、なわばり構造を克服することが言語の力で出来ないのかということ、他者との通路の回復は出来ないのかということを、オリンピックで勝てば自国の国旗があがるという国家という縄張り構造を克服するだけの力がないかということを生涯かけて文学の世界で追及した安部とは、内容に雲泥の差があると言わざるを得ない。

永遠に若さを保つこと? 唐木田図書館の答え!


唐木田の図書館に行く途中に車窓からスプレーアートが見えた。荒れた中学校では、ヤンキーの連中が夜になると、地元の商店街のシャッターにスプレーで、絵を描いたり、ホワイトローズという暴走族の名前を書いたりしていた。犬でいうマーキングみたいなものだろう。小便の代わりに、視覚に訴える絵を人様の迷惑となるところに描くということか。この頃、こういったスプレーの落書きも見なくなっている。表現手段が別様になっているのかもしれない。

八王子の図書館と違って、多摩市唐木田の図書館は、誰のアイデアか知らないが、テニスボールを椅子の脚にかませて音が出ないようにしている。
無料の図書館は、学校帰りの高校生、主婦達の憩いの場となっている。よく行くドトールスターバックスは、お金がかかるから大学生からということだろう。一番右に、一人で座る白い制服を着た女の子がいる。紙を両手で持ち覗いている。何度も私をチラチラ見るから不審者に思われているかもしれないと不安になった。その後、他も気になるのか、キョロキョロしている。注意が散漫な印象を受けた。
肌がツヤツヤしていて羨ましいけど、図書館で勉強している女子高生は、外面の魅力を半減させていると思うのは私だけであろうか? 白い制服を着た女の子がかえって若々しく、オジサンの興味を惹くのはどうしてだろう。テニスでもやっていたら、夢中になって見入ってしまうかもしれない。若さを永遠に保つものは何だ?
他のものに興味を持ち続けること!

ペットエコで癒される!

小学生の頃、両親とデパートで食事をした後、買い物をしている間の暇つぶしに、ペットショップにずっといたほど動物好きであった。亀、カブト虫などを飼育ケースに入れて飼っていたけど、毎日の世話がとても大変で、結局、親が面倒みているのであった。ハムスターを飼った時、においが強烈だから、ベランダに一晩出したら、翌朝冷たくなっていた。その時、すごく痛ましいことをしたという罪の意識が芽生えて、それから飼育するのをやめてしまった。
 人間以外の動物は、糞尿の後始末を、自分ですることができない。だから世話を怠るとたちまち臭くなってしまうものだ。水洗便所のところにいって、ウンコやオシッコをして、きちんと後始末をしてくれる犬や猫がいれば、もっと飼育する人が増えるだろう。自分のことで手一杯の私はそんな余裕もない。
 私の住んでいるところは、南大沢の近くで、東京郊外のベッドタウンだけあって、大きな2階建のペットショップ「ペットエコ」が出来た。
 子供の頃の私と違って社会人ににあって独身貴族の私は、どのペットもお金を出せば手に入れることができる。
養老孟子は、1日のうち10分だけでも人間が作ったものではない自然を見るようにしたらいいと広辞苑大学の講演で話していた。

祭りで緑亀を買って、6年間ベランダの水槽で飼っていたことがあるが、今では、リクガメも2万円もかからずに飼育することができるのだ。

45.これも税抜き3万円もかからない。餌もテトラ社の人工飼料でなんとかなるというお墨付き。コオロギやゴキブリに似た虫をピンセットで与えなくていいというのは嬉しいね。フトヒゲアゴトカゲも同じような値段で購入できるというから買いたくなった。トカゲも嘘か本当か、人工飼料のみで育てているらしい。本当のところ、生きた餌を与えていかないと、大きくならないのではないか。

67.ガラスケースに入れられている15匹ぐらいの子犬の中で、1匹だけこのように地べたにケースに入れられて、特異な存在感を際立てているチワワがいる。値段も一番安い。生年月日が3月3日で一番古いことから買い手がつかず、このような扱いになっているのだろう。売れないということは、人間社会においては、何においても残酷なことなのだ。それにしても目が可愛かった。数秒、見つめあったけど、キュンとくるものがある。一緒にもっといたいなぁ!

婚活 立川時計台どうなることやら!


互いにSNSで連絡先を交換したら、いよいよ初対面ということになる。この度は、同じく西東京の住まいということで、東京23区の方で待ち合わせではない。立川なので、家からもそんなに遠くないし、気軽に会える。立川の時計台に着いたのは、午後1時である。1時間後に彼女は来るのだろう。顔が間延びした写真だったから容姿は期待していない。
茶店を探しに、グランディオの7階のCAFEの店はどれもいっぱいで、入る場所がない。8階はレストラン街であるが、空いている店があった。ケーキとパスタの店である。ここに誘導することに決めた。
茶店よりも、準レストランの方がテーブルが広いし、人も入っていないから話しやすいのだ。以前、サイゼリヤで話した時は、数時間一緒にいても、店内ものんびりしているようで退屈しなかった。
午後2時の10分前に時計台に行くと、スマートで知的な感じの彼女が立っていた。写真よりも全然綺麗である。文学が好きというだけあって、目が鋭く幾分内省的な、目の半分は外界よりも内界を凝視しているような、いわゆる知的な澄み方をしていた。
声をかけると、ここにいる時間が不本意であるとでもいうように渋い顔をする。先ほど見たお店を勧めると、すぐに従って着いてくる。満面の笑みで、愛想がいいというのは、ほとんどない。女性にとって婚活で呼び出されて会うというだけでも、私は売れ残りではないという虚栄心がついてくるものだろうし、男性だって、負の気持ちが無いといえば嘘になる。
店の待合席に並んで座った。話始めてすぐ、彼女の口臭が気になった。緊張で口が乾いたことで、臭いを発しているのかもしれない。ソープランドで、口臭がきついことがあってキスを避けたことがあった。これだけで、セックスできないと嘆くのは、ずいぶんと私もわがままに育ったものだ。
テーブルについて店員にオーダーをする時も、飲み物だけでいいと意固地になっていた。ケーキセット1000円からしか頼めないということを知り、観念したのか、それを二人で頼むことにした。
三島由紀夫全集をすべて読んだことがあると言うと、彼女は初めて笑った。そして、三島文学の舞台を旅した話をしばらくすると、自然と彼女は心を開いてくるようだ。彼女は銀行員の父親の転勤のたびに、転校をよぎなくされたそうで、小学校は沖縄、中学・高校は茨城で過ごした。母親の実家が長崎なので、長崎のことについても詳しい。卒論でキャンバス言葉を取り上げたそうだから、安部公房の話をした。
なわばり構造がなぜできるかということ、人間でも学者の中ではセクトいう派閥ができる。オリンピックは民族主義の宣伝で、勝てば自国の国旗が上る。人間は動物と違って言語を獲得したのだから、国家という縄張りの形態を超克できるのではないかということを、文学の世界で一生懸命やった人だから、読んでいるといいかもしれないと話をすると喜んでいた。
彼女はエンタメが駄目で、生粋の文学好きだから、近代の文学者、谷崎、川端、夏目漱石、芥川、森鴎外等の出たナンバースクールの遺品や遺物に触れることを一人旅の主題としている。今度、11月に東大の駒場記念館に行くことにした。どうなることやら!

神保町は本屋博物館だ!


神保町駅で降りてみた。古書店とカレー屋が並んでいるというイメージである。東京23区の街並みはどうしてなのだろう。写真のように12階建てぐらいのコンクリートの建物がずっと並んでいて風情がない。どこの街も同じように見える。しかし、歩いてみるとやはり神保町であった。書店の看板ばかりが目につく。いくつか入ってみると、それぞれ得意分野があり、仏教系、哲学系、コンピューター、昔の漫画、今流行りの漫画、グラビア、アダルトなどと、棲み分けが行われている。それぞれが専門家することで、神保町の盛衰をかけているとも言えるだろう。この町にいれば、様々な学術書が手に入り、学問に不自由しないように思える。
アイドルの専門古書は、週刊誌のグラビアだけを切り抜いて販売していた。昔のアイドルは和風美女であり、現在は、国際化にともないハーフ系が受けるんだなぁと時代を趨勢に思いをはせてみる。
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江戸専門書の店の前で写真を撮った。江戸の研究者垂涎の店構えであろう。江戸吉原関連の図録が高値で上の棚に飾ってあった。読んでみたいというのは、ただのエロ親父だからではないだろう。江戸時代の明るい姿も、暗い姿も表裏一体であって、遊女になる暗い人生に光を当てなければ、江戸時代の本来の姿も浮き彫りにならないものだ。コンドーム無しでやって、淋病になったら、当時はペニシリンもないし、ずっと尿管から膿みを垂れ流して生きていたんだろうけど、それでも、女遊びがしたかったのだから、性欲という奴は強いものだ。

日本初の魚串の専門店らしい。鮮魚部で働いているから興味を持った。客が一人も入っていなかった。焼き鳥に比べると小さくて高いなぁ。

この店はWARHAMMER専門店だ。ミニチュアゲームだけど、日本ではなじみが薄いところがある。イギリス人の子供は大好きなんだってね!

フィリピーナの嘘に傷つくアラフォーの秋

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無邪気なフィリピーナのジーナにはまった私は、偽装結婚をしていて、子供もいず、フィリピンに残してきた愛する家族のために犠牲になって働いているという言葉を半ば信じて、8年近く追いかけた。彼女に20万円ぐらい貸している。表向きは貸したことではあるけれど、あげたと考えているからその点はいい。不景気になって飲み屋の多くが潰れてから、彼女はお金を請求してくるようになった。靴を買って欲しい、靴下を買って欲しい、ベルトが欲しいということが主になってきた。私も転職したのを機に、仕事も忙しくなり、会わなくなっていき、今では、誕生日の日にlineを送るだけになっている。
最近、府中に用事があった時に、深夜、府中国際通りを歩いた。フィリピンパブを追い出されたジーナが次に勤めていた居酒屋がある。迷った挙句、顔を出した。ママが暗い中、ポツンと椅子に座ってテレビを眺めていた。私が挨拶すると、少しも動じずに、私の顔をじろじろと見てくる。
ジーナさんはどうしています?」
「今、休んでいる。川崎で働きに行っているみたいだから……」
「あぁ、コストコですよね」
「そうだね」
 とママはうなずいた。
「子供を連れてきていたけど、言葉の壁もあって、帰ったみたいよ」
「えっ?子供ですか? 結婚されたんですか?」
「知らなかったの?」
 とママは真剣な顔になった。
「妹だって話していたけど、十五歳の妹なんて不自然だから、子供のことかなぁと思って聞いていたんですけどね。日本に来てすぐ、パブで出会ったという感じですか?」
「そうそう。随分前だよ」
 とさらに驚いたように身体をこちらへ向けてみせた。

私はずっと嘘をつかれていたのだ。子供はいないと、偽装結婚だからチノさんという人物と会ったことはないと。当たり前と言えばそうだけど、嘘をつき続けて彼女も辛かっただろう。これで彼女のことを心配しなくてもいいと思うと同時に、ひたすら寂しかった。独身で彼女いない歴半端ない私は、やはり彼女を前にしても独りぼっちだったのだ。ジーナはきちんと家族の営みを経験し、離婚をして、娘を故郷フィリピンに返した。娘のために一生懸命に働いていたのだろう。妹の話をする時は、楽しそうだった。シャツとか、ベルトとか、靴とかを家に持って帰ると、妹にとられちゃうけどと満面の笑みであった。私は彼女の娘に奉仕していたのだ。ジーナは、いいお母さんになると夢中になっていた私は、その有り余る母性愛を目の当たりにして、恋していたに過ぎないのだ。

ジーナ(フィリピンパブのホステスにはまった若い男の話)

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府中国際通りのチャイニーズパブ「ミカ」の扉をゆっくり開けた。同時に右前のトイレからジーナが出てきた。その場に立ったまま、大きい目をさらに大きくして、私のことをじっと見てくる。何よと言いたそうに口元が動いた。私は前に来たときより、彼女の身体が痩せて、肌の色が薄茶になったなと思った。数か月前にフィリピンのミンダナオ島から帰ったときには、黒く日に焼けて太っていた。私が元気と話しかけると、ジーナは両手を上から後ろに回して、髪を束ねようとした。なかなか決まらないらしく、その間、私とジーナは真面目に向き合っていた。ジーナが顔をほころばせた。それから、素早く後ろを向いて、お願いと楽しそうに頭を振ってみせた。レモンの匂いが鼻先をかすめる。髪は襟のホックに少し絡んでいた。痛いのはやめてねとジーナが言った。
 髪をほどいた私はジーナに勧められるまま座った。この店でもう一人働いている同じくフィリピン人ホステスのマリアが来て、もう四ヶ月近くきていないじゃない、ジーナを待たせるんじゃないよと私を睨んだ。

府中市にあるスーパーの鮮魚部に、私が勤め始めたのは二年前だった。隣の肉屋には、パートに来ているマリアがいたのだ。いらっしゃいませの声が無邪気で良く通るので、店長が朝礼で褒めたことがあった。半年後にマリアがジーナを連れてきた。その日、休憩室の机にうつ伏せになって寝ようとしている私の頭上で、片言の日本語が響いた。顔を上げると、マリアが手招きをして、扉から入ろうとしない彼女を呼んでいる。すると扉を開けて、顔を下に向けて入ってきた。慣れない水着を見られて恥ずかしがる女の子のようだと思った。
「新しくここの魚屋で働くジーナ」
 とマリアが紹介した。ジーナがよろしくお願いしますと、私の顔から目をそらさずにぎこちなく挨拶をした。遠くにある椰子の実に追いつこうとして、浜辺を皆で駆けるような無邪気さが、爛爛とした目に投影されていた。両肩には重い荷を担いでいるような忍びやかなものがあり、それとは対照的に両足は、些細なおかしみにも飛び跳ねるような軽さがあった。
 私は立ちあがって、三山ひろしですと言った。時計をちらと見ると、休憩時間が過ぎていた。主任に紹介するからと扉口に急いで行き、手招きをした。ジーナは立ったままである。マリアがジーナの背中を励ますように叩いた。
 
 主任からジーナに仕事を教えるように私は言われた。値段を付けることや、丸魚や切身等をトレーに詰めることをしてもらったが、どうもうまくいかない。サンマを左向きにトレーにのせてくださいと言っても、ジーナは私の顔を楽しそうに眺めている。値段を付けてもらおうと、機械の操作を教えようにも、言葉が半分ぐらい通じない。刺身を切っていた主任が、その場を離れて、刺身を切らせようとジーナを手招きした。口を薄く開けて立っているジーナは私の顔を真面目に見た。私はジーナの背中を叩いた。
 鮪の柵を包丁でスライスしていく彼女の目は、熊を見つけた狐のように恐ろしそうにしていた。切っ先が小刻みに震えている。柳刃包丁の刃先が緑色の衛生俎板に接すると、蛍光灯の光が反射し、ジーナの丸々と大きく開けた目の一点が星のように輝いた。大根ツマを盛っている時、赤紫の海藻を指でつまんで刺身トレーの右端に丁寧にのせている時、ワサビを入れるのを忘れて、あわてて蓋を取る時、彼女の目に映し出されているものは一体何であろうか? 刺身をしながら時々怯えた目をするのは、大切にしているものがあるからだろうか? 
 ある時、両掌に〆さばの切れ端をのせて、どうするか聞いてきたことがあった。私はゴミ箱を指さして、捨てるように言うと、しばらくそれを惜しそうに眺めている。ジーナの育ったミンダナオ島では、ナスやバナナやマンゴー、川で釣った魚や市場で仕入れた豚肉に至るまで、何でも冬場に備えて塩漬けするということを後日教えてくれた。胆嚢に石があって時々うめくように痛いのは、塩気のあるものを、多く食べてきたからだろうかと不安そうにしていたことがある。

 それにしても彼女は刺身を覚えるのが早かった。普通なら二週間はかかるところを三日もたたないうちに出来るようになった。イワシやアジを三枚に卸して渡せば、すぐに立派な刺身を造ってくれる。
「覚えるのが早いね。誰よりも早いよ」
 私は冷蔵庫の中を確認した。彼女は俎板を見つめて、黙っている。彼女が目を落とすと、一重になった瞼に暗い怒りにも似た影が宿るのだ。
「これ、持って帰りたい」
 ジーナは、衛生俎板にのせられた〆さばの切れ端を指差した。
 さばの尾の端が俎板の隅に、いくつも重なっていた。裏返しになった尾は、水中動物の舌のように、先端にかけて細まり、中線には、取り忘れた骨が、白い極小さな画鋲のように並んでいた。尾の表面には、銀白色に輝く両側に、黄金色の筆跡のようなものがある。そのいくつかの縁が反り返り、酢から上げて間もないことを示している。
「いいよ」
 と私は親指と人差指で丸をつくった。〆さばの切れ端を集め、白く小さなトレーに入れた。
「いいよ、いいよ」とジーナは手を振ってから、ありがとうと軽くお辞儀をした。

 その頃、マリアとはメールで時々やり取りをしていた。ジーナがどうしているか聞いてくると、良く働いてくれて助かりますと返答した。すると、翌日、ジーナは何度も私を見て微笑んだ。今まで私が教えた、つまの置き方、大葉の位置、切り口の立て方を再度、楽しそうに聞いてきては、そうねとでも言いたげに目をそらすのである。
 ジーナがお店で働き始めた日に、主任から香水の匂いがきついからやめてくれと注意されていた。それが、今日の彼女からは、また別のココナッツオイルの匂いがするのである。中学生の頃に、市民プールで泳がずに日焼けをしている兄が、手で全身に行き渡らせていたオイルと同じ香りがする。
 その刹那、脳裏に浮かんだ情景をいまだに忘れない。人影の無い砂浜が広がっている。汀は平行線を保っており、それから少し離れたところに、等間隔で椰子の木が並んでいる。南国の太陽が真上に輝き、砂浜は強い光を反射して白く輝いていた。覆いかぶさった緑の硬い葉並の間から、胡桃色の大きな椰子の実が顔を出している。それは、ピーナッツの殻のように皺が入り、果実の純潔を守ろうとしてきた痕跡のようであった。
「いい匂いの香水だね」
「えっ、コウスイ? つけて無いよ。前につけちゃ駄目だって注意されてからつけたことない」
マリアさんに返してもらった白衣は、つんと鼻を突いたよ」
 と私は自分の鼻をつまんでみせた。
「マリアはね。私はつけてないよ」
 コバルトブルーの海の浅瀬に、さざ波が静かである。急に吹き出した風が、木の幹をゾワゾワと揺すった。吹き矢の矢じりにつかわれるほどに鋭い葉並から椰子の実が現れ、わけもなく落ちた。浅瀬に丸い影が生じると同時に、ドボンと音を立てた。水が垂直に跳ね上がり、同心円は広がるにつれて薄くなった。椰子の実は横向きに浮かんでいた。そよ風が吹くと、水面から顔を出している実の側面が敏感に震え、海面に波紋が広がる。椰子の実は、ゆっくりと瑠璃色の大海原に向かっている。それは、出帆する船のように行き着く先が決められているようでもあった。

 ジーナと売場の拭き掃除をしていた。彼女は突如、雑巾を私が拭いている場所のすぐ近くまですべらせてきて、終わった? と楽しそうに聞いてきた。それから、中華くらげを指差して、これ私はつくれるわと得意そうに首をかしげた。
先日、彼女が帰る際に、寿司部のパートのおばさんが、三山さんに愛の告白があるわと冗談を言ったことを受けてのことだろうか。その時、彼女は何よと言わんばかりに肩を怒らせて帰ったはずだが……
 そんなこんなで彼女をデートに誘った。


 
 京王線府中駅構内で待ち合わせをした。会うとすぐ、待った? と彼女が聞いてきた。私が軽く首を振ると、前に歩み寄ってきて、「良かった」とはっきりした口調で言った。毎週木曜日が休みよと歩みを速める。毎週木曜日、私の公休日なので、会いたい時に会えるなと思った。北口を出て、ペデストリアンデッキを歩いてすぐ左に見える階段を降りる。少し歩くと、左側にスパゲッティー屋がある。ジーナはスパゲッティーが好きだというので、あらかじめ調べておいたのだ。
 彼女はナポリタンで、私はイカとタラコのスパゲッティーを注文した。
結婚しているの? と聞くと、別れたと勢い口を大きく開けて笑った。
「フィリピン人と結婚したの?」
「日本人よ」
「えっ、誰?」
彼女は言い辛そうに答えた。
「ちーの、ちーの」
「シフト表に書いてある千野さんという人ね。でも、あれは」
と私は語気を乱した。ジーナは首を振って、しぃーと人差し指を唇に当てた。
フィリピンのミンダナオ島に住んでいる家族には、三十二歳の兄、二十八歳の弟、十四歳の娘がいる。仕送りしたお金で買ったコンバインの上に、家族全員が腰を掛けて、手を振った写真入りの手紙が、先日、ジーナのもとに送られてきたそうだ。三年近く帰っていない実家の庭には、何が植えられているのか気にしていた。ずっと前に、フィリピンの実家に戻ったときには、栽培が簡単なトウモロコシでも生えているだろうと思ったら、黒い土が寒々と敷かれているだけなので、頭にきて泣いてしまったらしい。
「日本から帰ってきたことがすぐ近くに住んでいる人の噂になるのね。次の日には、家に来て、お金ちょうだいって言うのよ。それで首を振ると、つまらなそうに首をかしげて帰っちゃうんだけど、それが、一人や二人じゃないの。何人も来るから疲れちゃう」
「お父さんは何の仕事をしているの」
「何もしていないよ。前に警備員の仕事をしていた。でも危ないから辞めたの」
「危ない?」
 ジーナは親指と人差し指で銃の形を真似して、「向こうはこれだから」、次にトンカチで叩くように手を動かして、「日本はこれでしょ」
 フーベルト・ザウパー監督の『ダーウィンの悪夢』という映画で、タンザニアの漁業研究所で働くラファエルという警備員が紹介されていたことを思い出した。先に猛毒が塗ってあるという矢を束ねて持っている。前任の夜警者は襲撃され、胸を刺されて死んだ、そのおかげで私が今、一晩一ドルで働いているとカメラの前で話していた。暗闇の中の薄明が、下に向けられた矢の羽を微かに照らしている。夜警は血走った目で笑み一つこぼさなかった。黒目は黒カナブンのように輝いていた。
「何もしていないのに、暮らしていけるの」
 私は手に持ったフォークの先を口に近付けて、食べる真似をした。
「だから、私が働きに来ているのよ。向こうには仕事がそんなに無いの」
「お兄ちゃんも弟も結婚しているというけど、何か仕事をしているんじゃないの」
「バイクに乗って、後ろに人を乗せて、ちょうだい」
 と彼女は卓上に手を差し出した。
「タクシーのようだね」
 ジーナの背中越しを通った中年の男と女が、私の顔をチラと見た。しばらくしてから、また、おそらく二十代中頃のカップルが同じように視線を向けてきた。私が顔を気付いたように上げると、すぐに目を逸らす。それから通る人…… 同じことの繰り返しであった。
ダーウィンの悪夢』では、タンザニアビクトリア湖に生息する巨大魚ナイルパーチが輸出用に工場で加工されているシーンがあった。その残りの粗が捨てられる裏山に、工場の自動車が来ると、黒人の女性がカラスのように群れ集まっていた。くるぶしには米粒ほどの白い虫が無数によじ上っている。アキレス腱はひび割れて、木の枝のように露わだ。そこにいくつも雫が垂れていた。 
ジーナは目を大きくして不思議そうに私のことを眺めている。
「あれっ、食べないの?」
「あんまり食欲が湧かなくて……」
裏山に散らばる白骨の上を歩く女性達に、彼女は全く似ていない。南国の海の浜辺を、裸足で駆けるような明るさが、彼女の笑顔にはあるのだ。それなのに何故、黒人の女性が心に像を結ぶのだろう。
「食べたいけど、お腹がいっぱいよ。ごちそうさま」

 その後、カラオケボックスに行った。私はジーナの肩に手を伸ばし、キスしようとした。すぐ様、その手は払いのけられた。彼女は横に勢いよく倒れ、振り向きざま、どうしたのと冗談っぽく笑った。私はまた肩に手を伸ばそうと思ったが、彼女に、入れなさいと次の選曲を促されたことで断念した。白けたムードになり、歌う気がしないで、ソファーの端に退けた。ジーナは眠そうに目を細めて、選曲本が二冊とブルームーンの注がれたサワーグラスが置かれている机上を、じっと見つめていた。
「入れなさいね。入れなさい」
 言葉には、あきらめにも怒りにも似たものがカクテルされていた。
 サワーグラスにブルームーンがなみなみと注がれている。サンゴ礁のある海のように表は微かに青く、奥まるほどに濃厚な青である。時を刻む針の音が聞こえてくるようだ。
「何よ」
 ジーナは、後ろに結わえた髪をほどいて、まとめて左肩の前に持ってきた。髪の先を両手で手持ち無沙汰にいじっている。私の顔を見るなり、真剣なまなざしになった。
「ごめん……、美人だったからつい……、どうして日本に来ることになったの」
「スカウトされたの。百人の中から選ばれたの」
 と自分の顔を指差した。微かに口元から笑みがこぼれた。
「本当に綺麗だよ」
 ジーナは顔を顰めた。上半身を前に倒して、こう言った。
「何? 外国人の友達が欲しいの?」


 
 それから三度目の水曜日が来た。明日の約束をしようと、昼休みの終わりに店の外へ出た。携帯電話を手に取って、深呼吸をした。五月の空は晴れわたっている。青空の下、向こうの家の庭に、新緑の木が二本ある。目の前の道路を真っすぐ突き進めば、5分ぐらいでその木に辿り着くだろうか。自動車が通るまで待って、電話を掛けようと思った。
手前の歩行者沿いに咲くレンゲは、紫に揺れている。その上を、ミツバチが数匹、「の」を描いて飛んでいた。一匹が、勢いよく花弁に止まる。茎もたわむばかりになり、その反動から、ミツバチは脚に力を入れて踏みとどまったかに思えた。
 しばらく待っても、自動車は通らない。
「Hi. This is Gina. Sorry I can't come to the phone right now. Please leave a message after the beep.」 
 女声の機械音が鳴った。それから、空気が漏れたような間の抜けた音がした。フィルムの破れ目から声が聞こえてくるような感じがした。
「Hi.」
 ジーナだ。
「ごめんごめん、寝ていた」
「明日は?」
「ん! ……スゥ」
 と息を吸った。
「どう?」
「んー…… 行けないの」
 と怒りを抑えるトーンである。
「だって先週も行けなかったでしょ」
「いやっ……」
「何?」
「休みの日は、同伴をしなくちゃいけないの」
 私は話をさえぎるように、そうなんだと繰り返し口にして、じゃあねと電話を切った。
バックヤードに戻るまで、胸騒ぎが止まなかった。ジーナが酒飲みのおじさんの腕をつかんで、片手である方を指差して、楽しそうに笑っている姿が、頭に浮かんでくる。もっと、不快な場面が何度も頭をよぎった。『お金目当てで日本に来ているだけなんだろうか。パブのお客にしたいから、一緒にスパゲッティーを食べたのかしら。でも、カラオケが終わって、さよならをする時、ジーナは本当に愛して欲しくて、しんどそうに手を振っているように見えた。でも同伴をしているなんて…… 日本に連れて来られたフィリピーナは、ブローカーに一度は犯されているというじゃないか』と私は考えた。
 うつらうつら刺身を切っていたら、するめいかの刺身を三日分の五十パック造ってしまった。休憩から戻ってきた主任に見つかり怒られた。

 その夜、マリアから電話がきた。
「今からお店に来られる」
 声の背後から、おじさんの大きな歌声が聞こえた。カラオケの音が受話器で化けて、妙にスローで気持ち悪い。自分自身が酔っているかに思えてきた。マリアの話声は、いつも楽しく投げやりで、もの悲しげなところがない。相手をしんみりとさせない。
「もう十時だよ」
「いいじゃん。来なよ」
「明日早いから、もう寝ようかと思って……」
「子供じゃん。ジーナ、酔っているよ。あなたのこといい人だって言っているよ」
「今日はちょっと」
「わかったよ。今度、会いに来なよ」
 電話を切ってから温かい気持ちになった。今度、ジーナのお店に、一度は顔を出してみたくなった。

府中の並木通りにある三菱UFJ銀行前に、ジーナと夜八時に待ち合わせた。銀行と横道を挟んで並んでいる豚骨ラーメン屋からは、酸味のきいた味噌の匂いがする。軒の煙突からは、湯気が立ち上がっている。電灯の暗い明かりが、モンシロチョウの鱗粉のような蒸気の一粒ずつを繊細に照らしている。 
横道は自動車一台がやっと通れるほどの広さだ。急な車を警戒してか、皆、壁伝いに歩いている。黒服を着た若くていかつい二人の男が、腰をくの字にして、縦に並んで通り過ぎていった。太った中年の男は、はちきれんばかりの緑のポロシャツを着ている。それと手をつないでいるのは、目元にパウダータイプの銀のアイシャドウを入れた二十前後の女だ。金の盛髪に、黒い漆皮のハイヒールパンプスを履いていた。二人とも縦に前屈みになりながら歩いていった。
 ジーナは約束の時間に来なかった。電話もしたけど、かからない。私は横の脇道をぼんやり歩き始めた。細い一本道を歩めば、きっと、パブ瓊(ケイ)があるだろう。初め、道の両側に、掲示板がしばらく続いた。指名手配の顔写真がいくつか貼り付けてあった。そこを抜けると、左方にハングル文字で書かれた居酒屋がある。小学生ぐらいの女子と毛糸の腹巻をしたおじさんが店頭で焼き鳥を売っていた。おじさんの目は黄色く濁っていて、顎が小刻みに震えている。震える手で串を持って返した肉の一切れがピンポン玉ぐらいの大きさであった。私が傍を通ると、韓国語で話す声が聞こえた。
 シャッターを下ろしている店がいくつかあった。黄ばんだ新聞紙がシャッターの隅にへばりついていた。金網式の大きいゴミ箱から溢れて転げ落ちた空き缶には、日頃、見慣れない文字がデザインされてあった。ビールケースを椅子代わりにして座っている男は、酒屋の窓の明かりを頼りにして英語の本を読んでいた。甘いタレの匂いが鼻先をかすめる。振り返ると、炉端からすさまじい煙が上がっていた。靄が消えうせ、おじさんは楽しそうに笑い、後ろへ反り返った。
 四階建の建物に店の名前がネオンサインで表示されている。一階の枠内に、紫から黄色く浮かんだ瓊という名前があった。
瓊の扉を開ける。十代であろう丸顔の女性がカウンターに並んだグラスをタオルで拭いていた。私のことに気付いたが、はにかむだけで何も話そうとしなかった。瓊というから中国人パブであろう。奥からもう一人、女が出てきた。私はジーナのことを聞いた。まだ来ていないからソファーに座ってくださいと中国訛りのある言葉で促された。
 亜麻色の壁にこぢんまりとしたシャンデリアが、いくつか掛けられている。黒いソファーが壁に沿って並べられている。透明なダイニングテーブルの上に灰皿と紫に透き通ったライターがある。部屋の端に、季節外れの小さな門松があり、松の葉にエイブラハム・リンカーンジョージ・ワシントンベンジャミン・フランクリンの肖像が描かれたドル紙幣が何枚も差し込まれていた。フランクリンの禿頭に目を奪われた。私は反射的に左手を頭頂部に当てた。日を追って髪が薄くなってきたからである。
 神社の鈴緒を振る音がして、ドアが開いた。ジーナが入ってきた。私に気付くと、不思議そうに立ち止まった。そして、しばらく口を開けていた。
「えっ、九時だったのよ。じゃなかったっけ……」
「八時だと思ったけど……」
 ジーナは口を閉じてから真顔になった。それから、首を傾げて笑みをこぼした。

 初めてパブを訪れた夜、なかなか眠れなかった。私は夜中に寝床から這い出し、パソコンに向かって、作家になった気分で小説らしきものを書きつけたのだ。
 ――運ばれてきたウインナーとベーコンは、どれも黒ずんでいた。三山には、それが千五百円する食品には思えなかった。パブ『ケイ』のママは、三山とジーナが話しているテーブルに入ってきた。紙皿に盛られた食品を指差して、中国語でホールの女性にまくし立てる。こげたものを出すなということだろうか、それにしては、皿が戻される気配はない。しばらくして、ケチャップをホールの女性が持ってきた。銀紙の皿に目一杯入れ、片言の日本語で、ごめんなさいと顔をこわばらせた。ママは平然たる顔つきで、ケチャップの量が少ないことを怒ったのだわと顎を突き上げてみせた。次に、ウインナーの端をかじってみせ、息を軽く吐くと、うまく焼けているわねと早口で話す。
 明かりが照らされるたびに、かじった痕には、煙がたなびいている。ベーコンはペットショップに売られている鶏や犬の餌のように、精彩を欠いていた。
 三山はこの店に来たくはなかった。ママはからかうように大人しい人ねを繰り返し言うので、彼の癪にさわった。無口で面白みがないと言われている気がするからである。ママは、相手を言葉で突き上げるような態度なので、違う席に行って欲しかった。一重瞼の目は、いつも冷たく笑っている。客であるこちらが何を言おうと高飛車にしりぞけられる勢いで笑う。よくパブのママがつとまるものだと思った。
 日中、魚屋で働く三山は、午後、パートアルバイトにくるフィリピン人のジーナが、夜のパブに来れば、もっと話すことができるというので来てみた。ただジーナとだけ話したかったのである。
「パブのママになるのに、必要なことは何ですか?」
「金よ、それに決まっているじゃない」
 間髪を容れずに答えた。
「チェーン展開はしないのですか?」
「チェーンは考えているけれど、だれかに私の代わりが務まればね。とっても無理な話よ。まだ、ここの借金も返してないのだから、でもいつかパブ『ケイ』を二つ、三つにしていくつもりよ」
 早口で歯切れよく話す。三山の顔をじっとみつめて、見下げたような笑いをする。ママが着ているチャイナドレスは、胸元に銀や金をちりばめ、渦を巻いている。彼はママの目から目を逸らし、しばらくその刺繍を眺めていた。博物館の展示物をウィンドウ越しにぼんやりと見物しているように何度もまばたきをした。隣にいたジーナがグラスにビールをお酌する。ママはテーブルにグラスの音を立てるように置いて、飲もうかしらねと笑った。
 彼が顔を上げると、ママはまた笑った。ジーナは彼にビールを手渡して、無邪気に笑ってみせた。
「こういう店に、三山さんは、あまり来たことないから……」
 彼は気を利かせて、ジーナのグラスにもビールを注いだ。途中で瓶が空になってしまった。
「私飲めないわ。お腹壊して……飲むとお腹に石があってね」
 三山はどうしていいかわからずにもごもごしていた。もう一本いこうとママは勢いよく席を立った。その間、彼女は彼のシャツを引っ張り、ウインナーに爪楊枝を差してみせた。目を細めて合図する。
紙皿に盛られたウインナーは手付かずで、汁が出ている。焦げたところがじりじりと蠢いてとまった。ベーコンの端は、しなびてぐったりとしている。スーパーマーケットの精肉試食コーナーに置き忘れたままになっているのに似ている。座っている膝元まで見える透明なテーブルに置かれた紙皿は、飾り気もない白で、隣に置かれた灰皿は、煙草がぎっしりとつまっている。そのうちの一本は、線香のようにゆらゆらと煙をたなびかしている。
「あなたは煙草を吸わないの」
 ジーナはライターを卓の上に置いた。
 ピンク色をしたライターは、ジーナのあらわになった胡桃色の腿と重なって見えた。室内を照らして回る青い光が、ちょうどライターと重なった。一瞬、星の輝きを帯びて、すぐさま、もとに戻った。星の光が長い間暗い部屋で寝ていた人の目を射ることがあるように、その輝きは刹那であるが、強いものがあった。
日頃の彼女は、目を大きくして何に対しても無邪気によく笑う。それが、先ほどから長髪をかきわけて澄ましては、少なくなったグラスに色目を使いながら、黙ってビールをそそぐ。昼の仕事を思いだしていた。三山が見本で切った刺身の盛り合わせの端材を捨てると、ジーナはそれを拾って、これは売れるよと口をゆがませてみせる。よく覚えた刺身だけは、他の人に負けたくないという気持ちが伝わってくる。かつおの刺身にしょうがが入っていないのを注意すると、かわいらしい目を大きくして、口を開けて、飛び跳ねてみせた。彼はしょうがを取ってきて、刺身の蓋を開けて、一つ一つにしょうがを丁寧に入れてみせた。すると、彼女は下を向いてすみませんと謝った。
「刺身を切っているときのジーナさんと違うね」
 先ほどから、落ち着いて斜め上を眺めているので、退屈しているのではないかと三山は思ったのである。間を空けてから、人差し指を口に当てて、前に何回か身体を倒しそうになり、それから、顔を上げて、八字眉をつくって大声で笑った。
 爪楊枝が刺さったウインナーが、丸い紙皿の端で小刻みにゆれている。細く小さい一本の影もゆらゆらゆれる。またジーナは爪楊枝を他のウインナーに刺して、三山の口元に持っていった。彼は律儀に爪楊枝を手に受け取り、ぬくもりがまだ残っていそうな端っこをかじった。口の中ですぐに肉が崩れ、冷たい味が舌先に残った。紙皿に戻すと、二本の爪楊枝が、ウインナーを船にして、芯だけ残された帆柱のように影と共にゆれている。
「何か食べないの」
「お腹が空かない。ところで、ママが帰ってこないね……」
 ジーナは立ち上がって、目を細めてみせた。トイレに急いで入った。出てくると、不機嫌にテーブルの前を行ったり来たりする。
「ちょっと食べたいものがあるんだけどいい」
 いいよと返事する前に、ママがビールを持ってきた。
 静まり返ったテーブルの上にあるベーコンをママは2、3口にした。うまいともまずいとも言わずに、また食べては、神経質そうに首を何度もひねって待っている。顔がとても小さいなりに、目も鼻も耳も口も小さい。草の先端に止まっているかまきりをじっと見つめると、こんな首の動かし方をするものだ。
 ジーナが白い紙皿に、パンをのせてきた。長方形のパンの上部は、艶のある小麦色で、蒸気がたなびいている。先端と後端の面は、亜麻色に着色されている。側面は、バターのうまみがたっぷりこもっているかに思わせるほど飴色だ。さっきは、目を細めて不快そうにしていたジーナも、口を半円に開けて笑っている。ママも幾度かまばたきをしながら笑っている。
 三山は不安そうにテーブルに置かれたメニュー表に目を向ける。

 ここまで書くと、眠りが急に襲ってきた。身体が鉛のように重い。なんとかたどりついた布団に倒れ込むようにして、そのまま眠ってしまった。

 翌日、ジーナから電話があった。
「昨日は、ありがとう」
 楽しそうに笑いをこらえていた口を開けて話すジーナの顔が浮かんだ。彼女はいたって変わらないのだ。私の異質性に対する警戒心が、昨夜のような文章を書かせたのだと考えた。
「ちょっと、緊張しちゃって」
「緊張しなくていいよ。みんな、いい人達だから」
「昨日はマリアがいなかったね」
「うん、仕事をする日を一日減らされたみたいなの。私も同じく一日減らしたわ。大丈夫よ。来てくれてありがとうね。本当にありがとうね。おいしかったわ。ごちそうさま」
 と急いで話し始めて、最後は微かに涙声になった。
「また、今度行くよ」
 

 
 梅雨入りは魚屋にとって、一年で一番嫌な時期だ。食中毒が最も多く出る月である。去年は、別の店で、自家製〆サバを食べたお客が、腹痛を起こして病院に運ばれた。今年は、刺身を切る衛生俎板に、アルコールスプレーを十分おきに、必ずしなければならない。大根ツマの大きな袋を置く専用の皿も用意された。
「十分おきにスプレーをして」
「えっ、わかっているわ」
 それから、十分以上経って、また同じように注意した。
「わかっていたのよ」
 とジーナは鼻から息を吐いた。
「去年、刺身で、病院送りになったお客が出ているから頼むよ」
「これでなるの? ミンダナオでは、川で釣ったよくわからない魚を、なんでも塩漬けして食べていたわ」
 と彼女はお腹を押さえて、真顔になった。目は何かに怯えているようだ。噴出さんばかりの怒りを、必死に抑えているようにも見える。動き回るのを止めない猛獣が、彼女の心の檻にいるのであろうか。大岡昇平著『野火』で、戦火のフィリピンを飢えてさまよう田村が、殺した同朋の人肉を食べて生き延びようとする戦友達を目の当たりにして、「この世は神の怒りの跡にすぎない」と断じた場面に相通じるものがあるのではなかろうか。ジーナの幼い頃、村にゲリラが現れた。村長が後ろ手に縄で縛られて、山奥に連れていかれるところを目の当たりにしたと話しながら笑っていたことを思い出した。
「切っている魚、マグロ、イカ、サーモンは、フィリピンでは食べられないものばかりよ。妹にも食べさせたいの。日本で生まれたことはラッキーよ」
「人はいつも不満だよ。どんなに満足そうにしていたって、満たされないものだよ」
 私は窓を開けて、いらっしゃいませと売場を眺めた。醤油風味の焼肉の匂いがした。モランボンの業者が試食販売で来ているのだろう。
「いい匂いがするね。今度、焼肉を食べよう」
「うん」とジーナは黙ってうつむいた。それから、気がついたように顔を上げ、ドアの前に駆け寄った。こちらを向くなり、満面の笑みで人差指を唇に当てた。真っすぐに伸びた指には張り詰めた力があった。指を離すと、笑いながら身体を何度か前のめりにして、私を窺っているようだった。にやり突きをされると訳もなく笑ってしまうのと同じで、私は心地良く笑みを浮かべ頷いていた。
 

 雨が降りしきる日は、お客の入りもまばらだ。一時間、鮮魚コーナー前を、一人も通らないことがある。ジーナには刺身をゆっくり切るように話した。彼女は切りながら、窓ガラス越しの売場を眺めてはおかしそうに首を傾げている。今日の午後は、作業場に二人だけしかいない。私は用意した写真を見せた。
 これ、どうしたのと顔の血の気が引いた。写真を渡そうとしたけれど、決して取ろうとはしない。私の顔を窺いながら、不快そうにマグロの柵を急いで切りだした。切るのに疲れると顔を上げた。一息ついてから、透けるような赤身の柵に、柳刃を垂直に入れる。柳刃包丁の刃先から現れたマグロの新たな側面が、赤いトルマリンの光彩を、刹那放った。
「ここに行ったことがあるの?」
「日本に来る前、お母さんと……」
「何をしたの」
「そのNSCはスーパーなのよ。いっぱい物を買ってくれたの。塩も買ってくれたわ。塩を舐めれば一カ月は生きられるって言うからね。」
 タグムシティーの画像をインターネットで探し、めぼしいものを印刷してきた。低い軒並の街中で、一際目立った十階建てのビルディングは、特別の事情が無い訪問を拒むオフィスように飾り気なく、青空を映した窓ガラスに占められていた。左隅に青字で小さくNCCCとマークされている。
 同じくタグムシティーの写真をもう一枚見せた。
 ジーナは包丁を手放し、両手を俎板の端に置き、楽しいことを思い出したように顔を上げた。
 所々にひびの入ったアスファルト舗装道路が、遥か先の雲間まで続いている。車道の両側に並ぶ街路樹のナラが、電信柱のように一定の間隔を保っている。砂漠の海に浮かんでいる道のようだ。そこを、グリーンのオート三輪が、疾駆している。三輪車の後部は、爆撃で破壊されたように開いていた。私は亀の背中に乗って竜宮城に向かう浦島太郎をイメージした。
「このずっと先に、私の家があるの。兄さんも弟も、妹もお母さんもお父さんもいるのよ」と雲の間を指差した。「それに、お兄さんはこのオートバイを使って働いているの。後ろから客を乗せるようになっているの」
「逃げられるかもよ」
「逃げたら追いかければいいのよ」
「お金に困った人は悪いことをしそうだけど」
「そういう場合は、振り落とせばいいのよ」
「結構、このオートバイを利用する客がいるんだ」
「リヨウ?」
「使う客がいるかということ」
「一日に二人だけという日もあるんだって…… なんでも難しいよ」
 と声を落とした。
 スライスしたマグロの角が立たず、丸みを帯びている。私は焦った。すぐに角が白く澄んでいるのを確認して安心した。冷凍まぐろは、完全に解凍すると、色が赤黒くなって、水分と共に旨味が逃げてしまう。しかし、これは、マグロの脂が強すぎたことで、溶けるのが早かったにすぎない。
「美味しそうだね」
 舌先にのせただけで、溶けそうなほど脂ののったマグロを指差した。
「うん、美味しそう」
 とジーナは目を大きくした。俎板に頭を近付けて、マグロの柵を切り出しながら、頑張るしかないと言った。

 六月も終わりに近づいた頃、従業員の専用通路を、海鮮寿司部のパートのおばさんが、ジーナの片腕を掴んで、前後に振りながら歩いてきた。寝る子をゆすり起こすような軽さで、何度もジーナと声を掛けている。私が通り過ぎ様、おはようと挨拶しても、ジーナは呆然自失として、私のことに気付いていない。
 バックヤードにきてからも、時々、何かを念じるように下を向く。
「どうかしたの?」
「お兄さんの奥さんが、人工透析を受けないっていうのよ。お金は送るからって言ったのに……」
「病院に通っていたの?」
「入院していた。でも、抜け出して、家に帰ったらしいの」
「放っておくと尿毒症になるから大変だよ。すぐに戻るように言わないとね」
「うん、でも……」
 と声を弱めて下を向いた。
「お金を送ろうよ。早く送るようにしよう」
「もう送った……」
 としばらく黙っていた。遠く離れた兄嫁との思い出が頭によぎるのだろうか。目に涙を浮かべて、首を左右に振った。私が驚いた顔をすると、今度は首を軽く振って、真面目な顔をして頷いた。それから、頑張るしかないと自分に言い聞かせるように言った。
 
 午後八時三十分。ジーナがパブで着替えをして、一息ついた頃だ。私は心配して電話をした。
「どうだったの?」
「お姉さん?」
「そう」
「死んじゃった。やっぱり、戻らなかったみたいね」
 と落ち着いて話している。
「何で?」
「病院に行くとお金が掛かるから、他の人が食べられなくなると思ったんじゃないの。私は、あなたがいないと、子供はどうなるのって、言ったのに……近くの草原で倒れていたって」
 ミンダナオ島の山野を逃げ惑う兄嫁の姿が浮かんだ。密生している鉄砲草をかき分けて開かれた草原に出ると、暑い日差しを感じた。二本のナラの樹の下に身を落ちつけた。キリギリスがギィーチョンギーチョンと鳴いている。主人、親戚、幼い頃の友達、お世話になった人達が頭に浮かんでは消えていく。先程、別れた二人の子供のあどけない顔が脳裏をよぎる。悔しさが込み上げてきた。樹の根元に頭を押し付けて、祈るように声を上げて泣いた。十字を切って、空を見た。神様、私の行いは罪でしょうか、贖罪でしょうか? 愛する家族が幸せになって欲しいからこそ、私は死を選んだのです。どうか私を咎めないでお許しください。
ジーナは、無理しないでね」
 思い描いた兄嫁の姿は、ジーナから連想したものにすぎなかった。週に一度教会に通うプロテスタントの彼女は、隣人愛を兄嫁の死に見ているのではないか。
「頑張るしかないからね。この前帰った時は元気だったのに……」
「……」
「あの人のためにも、強く生きるわ」
 
十一
 
その年の七月二十一日(水)は土用の丑の日であった。店頭で鰻の炭火焼実演販売をした。U字溝の上にあるステンレス網に、一度蒲焼し冷凍された鰻をのせる。炭を継ぎ足し、時々団扇で扇ぐ。鰻の表面にタレを塗る。ひっくり返して、表面も炭火に当てる際、タレが網の下に落ちて、蒸発する音が響き、甘い醤油の匂いが鼻先を掠める。U字溝を覗き込むと、黒い炭は頑固に火を纏っていた。まるで太陽の熱で燃えているかのように、いつまでも消えない感じがした。
 今日の夜に、ジーナの店で浴衣パーティーがあるらしい。店頭のやぐらを片付けてから店を出るのに、午後八時は過ぎるであろう。真夏の日光を浴びて、一日中立っているだけでも、くたびれるのに、その後、パブに行くのは気が引けると、一応は断った。灰になりかけた炭の上に、黒い炭をのせて団扇で扇ぐ度に、熱気が首や頬にぶつかる。以前、夏は暑くて嫌だねと彼女に聞くと、フィリピンはいつも暑いよ、夜、クーラーのある部屋で私が寝ていたら、みんな中にぞろぞろと入ってくるんだからと楽しそうに話していた。それと比べて、昨日の電話口で話すジーナの声は、線香花火を見つめているような寂しさがあった。わかったという気落ちした声が耳について離れない。私は本部から手伝いにきている男に断って席をはずした。
 電話に出たジーナは起きたばかりで、まだ眠気と闘っていた。私が浴衣パーティーに行くと告げると、良かった、待っているわと喜んでいた。一人も呼べないと恥ずかしくてお店にいられないらしい。

 その夜、大国魂神社の駐車場に着いたのは、午後十時を回っていた。日中の暑さが、肌にぬくもりとなって残っていた。時々そよぐ風が、ケヤキの巨木の葉に、緑の羽音を与える。涼しく気持ち良い夏の夜だと思った。自販機と事務所の明かりだけを頼りにした広い駐車場内は、暗く静まりかえっている。ケヤキの巨木の根元に、人が座るのに適した瘤がある。帰りにここに座って、缶コーヒーを飲んだことがあった。あの時、とっても幸せな気持ちになれたのはどうしてだろう。
 府中国際通りの狭い駐車場の真ん中で、手持ち花火をしている若い金髪の男女がいた。けたたましい音と共に、筒の先から光線が束になって飛び出した。空中で花びらのように四散した火がアスファルトの地面に着くと、ホタルの光のような未練を残して消えた。花火を手に持って、はしゃぎながら男は女に同調を求めるように話しかけている。女も心から楽しそうに頷いている。時々、火花の加減で二人の笑顔が、鮮やかに映される。黒服を着た客引きの男達も、急に騒がしくなった駐車場を振り返り笑っている。
駐車場を囲う金網のフェンスのすぐ外に、えのころ草が生えている。電灯の明かりが、細く伸びきった草の先端を、スポットライトのように照らしている。ブラシのように毛の長い穂におびきよせられる生き物が登場するのを、今か今かと待っているようだ。この小穂を用いて猫をじゃらすことが出来ると、幼い頃に近所のおばさんに教わった。
 黒服の男達が寄ってくるのを避けるように道を急いだ。店の外でフィリピーナが、四十近い男と小声で話している。飴色のキャミソールワンピースを着た女が哀しい顔をして頷いている。男は真向かいで女の顔をじっと見つめていた。男はそばを通る私の顔をチラと見た。頬の微かな緩みが、真剣な目を卑屈で腹黒いものにしていた。忌わしいものに思えた。片言の日本語が耳に触れる。
ところで、私がジーナと話している姿を、人は同じように見るであろうか?

 青藍に淡黄色の花模様が入った浴衣をジーナは着ていた。私を見るや、目を大きくして口を薄く開けた。ショートケーキにフォークを入れて、口に持っていく時のように、白い歯がチラと覗いた。近くにマリアが寄ってきて、久しぶり、嬉しいじゃんと背伸びをして、頬にキスしようとしてきた。私は子供のパンチをよけるボクサーのように軽く首を横に倒した。ジーナは真面目に黙っている。気になって合図をしたら、近づいてきた。そして、手を伸ばし、私の髪を押さえるように撫でた。うん、こっちの方が格好いいと呟いた。

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