仕事で忙しい日々が続く中、隙間時間で観る映画には妥協したくない。そんな思いから私は映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」を頼りに、トマトメーター90点以上の作品だけを選んで観るようにしている。そして今回観たのは、2016年公開のジョン・カーニー監督作品『シング・ストリート 未来へのうた』。"AIに尋ねてたどり着いた"といっても過言ではない、この珠玉の一作だった。
物語の舞台は1985年のアイルランド・ダブリン。不況と高失業率に喘ぐ街で、少年コナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)がバンド活動を通して成長していく青春物語だ。彼が恋するのは、ロンドンでモデルになる夢を抱く少女ラフィーナ(ルーシー・ボイントン)。彼女の存在が、コナーの創作意欲をかきたてる重要なきっかけとなる。
ダブリンという"閉じた世界"と憧れの象徴
この映画を語る上で忘れてはならないのは、1980年代ダブリンの時代背景だ。当時、アイリッシュ海を越えてイギリスやアメリカを目指す若者が多くいたものの、実際には厳しい現実が待ち構えていた。コナーやラフィーナが夢見る未来の舞台――音楽、モデル、ハリウッド映画――いずれも彼らの手には届きそうで届かないものばかりだ。MTVや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が繰り返し登場するのは、そんな田舎者の憧れの象徴にほかならない。
等身大のかっこ悪さが胸を打つ
コナーをはじめ、この映画に登場するキャラクターたちは誰もが"かっこ悪い"。いじめられっ子のコナー、矯正器具が目立つ小柄なマネージャー・ダーレン、偏見を抱くバンドメンバー、問題を抱えた家庭環境……どこを切り取っても等身大の姿がそこにある。彼らの泥臭さ、失敗や葛藤は、自分自身の青かった頃を思い出させてくれる。
特に「Drive It Like You Stole It
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」のPVシーンは、コナーの唯一の輝きだ。歌っている間に展開される場面は、コナーの理想を表している。そのギャップに、藤原定家の、「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」の歌のように、本当はないのに、言葉によって、花も紅葉もとイメージさせるような感動があった。
"不幸せな幸福"が物語る青春の美しさ
ラフィーナが「不幸せな幸福の歌が聴きたい」と告げる場面。この言葉こそ、この物語のテーマだ。何者でもない、取るに足らない人々が紡ぐ賛歌が、この映画の核であり、世界中で愛された理由だろう。
物語のラスト、ラフィーナとコナーが小さなボートでイギリスを目指すシーン。大型船が通り過ぎる中、彼らは無謀にも小舟で海を渡ろうとする。この場面に象徴される青春の無鉄砲さと美しさが、胸に刺さる。そして、「私もこんな青春を送りたかった」と思わず微笑む、そんな映画だった。
『シング・ストリート』は、私たちに失われた青春を思い出させてくれる。もし、忙しい日々の中で、何かを取り戻したいと感じているなら、この映画を観てみてほしい。あなたもきっと、彼らの姿に自分を重ね、忘れかけていた夢や情熱を思い出すだろう。