幼稚園の記憶といっても、写真にすればほんの5、6枚分程度だ。しかし、その一枚一枚が今も鮮烈に心に刻まれている。
登園拒否から始まる幼稚園生活
入園して間もなく、私は登園拒否になった。母と一緒に幼稚園の門前まで行くも、先生や児童たちが背後で見守る中、私は全速力で駆け出した。「何から逃げたのだろう?」――振り返れば、それは社会という檻への恐れだったのかもしれない。5歳の私は、動物のように本能で生きることを望みつつ、集団生活に抑圧される感覚に耐えられなかった。
夜空に描かれた初めての花火
幼稚園で初めて家を離れて過ごした「お泊り会」。同じ年齢の子どもたちと先生に囲まれ、幼稚園の一室で布団にくるまって眠った夜、屋上に出て花火を見た。小さな花火が夜空に丸い輪を描き、緑や赤の光がぼんやりと広がった。それは私にとって初めての花火であり、その美しい光景が今でも記憶に残っている。
トマトと特別な人たちとの出会い
昼食のお弁当にはよくミニトマトが入っていたが、私はどうしても食べられなかった。そして、ある日、知的障害を持つ三沢真紀子さんという女性に出会う。子どもながらに彼女の動きや雰囲気に戸惑い、距離を取る自分がいた。また、生まれつき指が欠けた児童を見た時、言葉にできない衝撃を受けた。左手の薬指と人差し指がなかったのだ。その姿に感じたのは、人と違うことへの恐怖、自分もいつか社会に受け入れられない存在になるのではないかという漠然とした不安だった。
初めて触れた「死」の記憶
ある日、幼稚園のテラスから外を眺めていると、急ぎ足の母が先生と共に現れた。「帰ろう」と言われ、その後、広島県西城町へ向かった。父方の祖母が亡くなったのだ。新幹線とローカル線を乗り継ぎ、広島の田舎に着いた時、大きな家の中で面長の祖母が座布団の上であぐらをかいていた。表情がなく、まるで動かないその姿に、私は「死」という概念を初めて意識した。「生」と「死」が明らかに異なるものだと知った瞬間だった。
田舎の味と忘れられないおにぎり
帰りの電車で、おばさんが握ってくれたおにぎりを食べた時、その美味しさに驚いた。田舎の食材の鮮度が与える感動を知ったのは、この時が最初だった。その後、東京農業大学で長野県の農家に住み込んだ研修時にも、地元で採れた新鮮なナスがトロのように舌の上でとろける体験をし、「田舎の食」の魅力を再確認した。
卒園式の歌と感じた切なさ
幼稚園を卒園する時、美しい先生と一緒に歌った『思い出のアルバム』。単調なメロディの中に、「過ぎ去る日々への切なさ」があり、それは幼稚園児である私の胸にも深く響いた。その瞬間、幼少期という限られた時間の特別さを少しだけ理解した気がする。
幼稚園の数少ない思い出だが、そこには初めての感情や体験が詰まっている。あの5歳の頃の感覚は、43歳になった今も私の中で生き続けている。