結婚を諦めたことで自由を手に入れた気がする。あの三島由紀夫の『絹と明察』を読みながら、ふとハイデガーの「脱自」に近い境地を感じた。まもなく40歳、これからの20年をどう過ごすかを考え始めた。自分はダイヤの原石じゃないけど、それでも日々の一瞬一瞬を大切に生きようと思う。人生の意味は、期待しないことで見えてくるのかもしれない。
知識欲とは高次と低次のカクテルだという言葉が胸に残る。だからこそ、性欲の処理について考えるのも必要だ。最近、教習所で若い女性を見て心がざわついた。「人間にも繁殖期があれば…」と考えたが、それなら自ら作り出せばいい。ソープランドを3ヶ月に一度訪れるという「繁殖期」を設定し、4月1日、7月1日、10月1日、1月1日にその快楽を味わう予定だ。
休日のスケジュールはシンプルに。オナニー2回、仕事1時間、三島文学1時間、ブログや小説執筆1時間。それだけで、余った時間に好きなことをすればいい。経験上、分刻みのスケジュールは無理が生じる。だから、3時間だけ自己啓発に充てて、あとは自由に生きるのがベターだ。
免許更新の違反者講習の帰り、ふと立ち寄った深大寺。三島由紀夫の『鏡子の家』の場面を思い出しながら境内を歩き、30円のお賽銭を投げた。胸がドキドキするほど魅力的な若い女性とすれ違い、「もし結婚していたらどうだったんだろう?」と思う。だが、心の中の仏が女性を遠ざけている気がした。
深大寺で出会った女性や境内の風景はこちら↓
新宿の東口を抜けると、流行りの漫画のキャラたちがやんちゃに描かれている。「女性はこういう男性が好きなのか?」と思う瞬間もあった。数ヶ月前のコロナ検査キット販売店は今は別の店舗に変わり、ワクチン反対を訴える男性が一人で声を上げている。新宿の雑居ビルの風景が人間の欲望を象徴しているように見えた。
人間の浅はかさ、そして切れない欲望。これらを受け入れながら、私はこれからも自分らしく生きていきたい。