スーパーの鮮魚売場で働いているが、チーフ(部門責任者)に昇格してから、私以外のことも、私の責任になるので、休日もゆっくり休めない。日々の売上の増減にも悩まされ、好きな文学も、シナリオの勉強もできずにいる。それを打ち破るほどの気力がなければ、しょせん私の表現なんてたかがしれたものなのかもしれない。
最近、休みがとれたので、劇団四季の『オンディーヌ』を観てきた。ストレートプレイなので、お金の関係から1週間から2週間で終えてしまう芝居ではあるが、今まで観た舞台作品の中で、NO1ではないだろうか。とにかく、この作品には、劇団四季の魂が込められているという気迫が伝わってくる。
四季の創始者であり演出家の浅利慶太が、生涯をかけて舞台化したかった作品がこの『オンディーヌ』ということらしい。舞台に携わるものは、みな、舞台化する夢と現実に心を引き裂かれる経験をするという。舞台作品を長く上演するためには、観客が必要であり、いたずらに芸術を追求しても、商売にはならないのだ。一連のミュージカル作品は娯楽要素が強く、私も十分楽しませてくれたが、今回の『オンディーヌ』は、まさに芸術であった。歌は少ししかなく、踊りはないので、3時間、舞台に釘付けとなった経験など今までない。
ただ一つ、主役の美しく無垢な水の妖精を、浅利慶太の60を過ぎた奥さんがやっていることで、何か違和感をもってしまう。やはり王様に期待される若い騎士が、許嫁の存在を忘れるほど、恋焦がれる相手が、60過ぎたおばさんでは、噴飯ものだろう。演技力は確かにあったけれど、あのようなものを目にすると、役者におけるヒエラルキーは厳然としているものだと納得がいく。人間世界にマジシャンとして出てきた水の世界の主の声の音色が、非現実的な世界に招き入れるような魅惑があって、実に良かった。
水の妖精達が出てきて、夜中に騎士を誘惑して歌を歌うところは、エメラルドグリーンの透けた衣装も、歌声も澄んで美しく、私も一夜の夢を味わうことができた。幼い頃、お釈迦様が、菩提樹の下で悟りをひらく前に、多くの女性が誘いの言葉をもって妖艶に誘惑している劇画をみたことを思い出した。
前回のストレートプレイでは、『アンドロマック』を上演していた。この芝居で、四季の研修生達は特訓を受けるらしい。実に皆、上手かったが、これも、許嫁を忘れるほど男が恋をする主役の女性が、浅利慶太の奥さんであったのがいただけない。もう、誰も本当のことを言わないのだろう。まさに王様の耳はロバの耳だ。