nyoraikunのブログ

日々に出会った美を追求していく!

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ストーカー日記(僕の青春)

2012年2月11日21時13分  iMessage
すみません。勝手に調べてメールしました。小学校で同窓の山田哲治です。自宅に手紙を出したりと、気のふれたことをたびたびしてしまい僕が僕でないようです。申し訳ございません。
ただ、初めて恋したひとにもう一度会いたいんです。

21時46分
もし代田さんたったら親に連絡しないで!母親は心臓がわるいから……お願いします

22時58分
驚かして悪かったです。ゆっくり休んでください。本当にごめんなさい。ご結婚されてお名前も変わっていらっしゃるかもしれませんけど、確かにあなただとお声でわかりました。
何のために脳は、声を20年以上記憶しているのか不思議に思えます。
探偵事務所に10万円も払って調べてもらうなんていう馬鹿が世の中にいるんでしょうか?自己嫌悪に耐えません。ごめんなさい。おやすみ……
                  SMS・MMSで送信済み
12日22時07分 iMessage
昨日のことを思い出すと、足下から不甲斐なさや情けなさが胸奥にこみ上げてくるようです。30歳をすぎて何をしているのでしょう。
 学生の頃、SMAPの東京ドーム公演で警備のバイトをしたことがありました。遠くの席からステージに向かって名前を泣きながら叫ぶ女性が多いのに驚きました。幻想が人に与える力でしょうか? それを見るなり引いたけれど、私だってイリュージョンに連れられて今日まで生きてきたのだと思います。
現実感覚を失うほどになると、私のように愚行を招いてしまうのでしょう。
今、魚屋の仕事を終えました。冬のまな板は、冷たくて……早く春がきて欲しいです。
もし君が怒りや恐れもなく読んでくれていたら夢のように嬉しいです。本当にごめんなさい。

13日23時36分
初めてメールしてから15分間、身体の震えが止みませんでした。よからぬことを起こしてしまった、君がどんなに思うだろうと想像するだに恐ろしくなってしまったんです。まだ動揺しているのか、ブリを発注し忘れて、売場に旬の寒ブリがありません。それで今日はお客のクレームに追われていました。
小6のとき、友達と落合3-2の君の家へ一度遊びに行ったことがあります。そのとき、肝っ玉が大きくてさばけたお母さんが、ダイニングの椅子に腰掛けて、背中越しに私達のやり取りを聞いていました。そして、強く優しい背中から、もうご飯の時間よと開けっ放しの声が聞こえてきたんです。その後のやり取りがステキに素朴で、あなた達親子を好きになって帰ったのを覚えています。
お母さんは元気ですか?おやすみ。……なれなれしくしてごめんなさい。

14日2時14分
ちゃんと寒ブリがきてくれて良かったです。長崎の五島列島の旬ぶりを、1切100円で販売しました。昨日、なくなく帰ったお客も喜んでくれたでしょう。私が無職の犯罪者のように思われるとつらいので、働いている証拠にブリの写真を添付しました。
Yahoo検索サイトで三国伸治と入力すると、町田第4小学校1年B組の担任をしていることがわかりました。掲示板には学芸会の打ち上げで、ジョンレノンのイマジンを歌って、格好良かったと女教師のコメントがあります。卒業式の後で、石段に腰掛けて私達に歌ったイマジンをまだ歌っていると聞いて、20年間が急に短く感じられ、少しの間、ニヒルになりました。君を怒らせることをしているのも、このことと無縁ではありません。あの頃のイマジンは世論の大多数が味方になってくれたけれど、今では石原都知事になり、右傾化する中でのイマジンでは、歌う重みが違うかもしれません。私は何をしているのでしょう。君がもしここまで読んでくれていたのなら、誠実さは変わっていないなと思います。私のようなアウトローでも、わかろうとしてくれるんですよね。ありがとう。長々とごめんなさい。おやすみ

17日16時26分
パートさんが昨日風邪で休み、久しぶりの休みが午前中だけ出勤ということになりました。帰宅するなり腹痛がして七転八倒、今日も休ませてもらうことに……
君に初めて恋をしたと話したけれど、本当の恋では無いかもしれません。小5、6と君の声を聞くだけで顔を上げられないほど恥ずかしくなったり、髪をかきあげる仕草や、表情に接するとドキドキして、毎日、出会えるのが楽しくて、つまり幸福だったのです。孤独を知りたければ恋をしろと言いますが、そこには孤独や哀しさのようなものが一つもありませんでした。中二の梅雨明けのことだったか、帰りがけに前を歩く君が振りかえった時に、目が合ったんです。私は何か嫌なことが起こった気がして、帰宅するなり涙がとめどなく流れて困りました。
 後後になって、『美の巨人』という日本テレビの番組で、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』が紹介されていた際に、涙を流した意味がわかってきたんです。
 少年の頃は意識に遅れがあったのか、唯我独尊の世界に平気でいて、すべてが満たされていました。それが君と目が合ったときに、そこに他者を発見したんです。今までの殻にこもった世界にひびが入り、そこから這い出て、色々な人間との関係をいかに処理して取り入れていかなければならないと、他人は他人と認めた上で人間関係を成り立たせていかなくてはならないと耳飾りの少女のような目で、それとなく気付かされたからでしょう。
本当に幸せな少年時代でした。欲しいものなど何もありませんでした。もう二度と経験することのない幸福感を与えてくれたことに感謝しています。私の良心の源にもなっています。けれども、不如意でしんどいことが多いと、ハイムケール(帰郷? 後退)して12歳の子供にかえるわけです。そうすると、君を探して手紙やメールを送ることになるんです。ピーターパンのようにまだ甘えん坊なんです。もっと、しっかりしないと駄目ですね。君がテレビに映るどんなアイドルより素敵だったのは間違いありません。ここまで読んで、怒りに震えているでしょうか? 本当にごめんなさい。

19日22時26分
携帯電話で自分の書いたメール文を読み返していると、店長がのぞいてきました。
何? と楽しそうに聞きます。私は自分がしていることを思い返すと胸が塞がる思いです。もし反対の立場なら、今度いつ電話が鳴るのか恐ろしいし、急にきて何をされるかわからないと不安になるでしょう。日頃の平和が、自分の落ち度でもないことから脅かされて、煮えくり返るほどの怒りを覚えるでしょう。謝っても謝り切れないほどです。母親だって、このことを知れば、どれだけ悲しむかと想像すると、自分で自分が嫌になります。
ストーカー関連の本も読んでみると、梗概は、自他を区別して付き合うことができない子供がストーカーをやるというものが大体です。私はストーカーだ等と認めたくありません。それで、三島由紀夫著の『近代能楽集』に収録されている綾の鼓を再読しました。鳴りもしない綾の鼓を渡されて、鳴れば恋をかなえてやると言われて、鼓を打ち続ける男の心情に感情移入して、何度か涙をこぼしそうになりました。自分は相手が嫌がることをしたくはありません。ごめんなさい。でも、もう一度、会いたいです。

22日0時49分
スーパーマーケットの鮮魚部会が終わったのが、午後十時半でした。魚も年々売れなくて、3・11以降の景気の低迷も大きく響いて、労務環境は悪くなる一方です。以前、二度ほど手紙をお送りしました。最初は高校二年生の秋でした。野球の才能も底が見えてきて、プロ野球選手にはなれないとわかって、落ち込んでいたときでした。二度目にお送りしたときは、社会人になって鮮魚部で主任になってみたものの小さい会社だから、休みがほとんどとれなくて、この先、どうしようと悩んでいた時でした。一度目と二度目の間に、一度、かっぱ寿司でお会いしたことがあったんです。父親と店内に入ると、君がこわい顔をして立っています。私も冷や汗が出てきて、知らない振りをするのがやっとでした。君は知的インドア風のものわかりが良くて優しいお兄さんといった感じの人と一緒だったんです。仲がとても良さそうでした。しかし、私は嫉妬するよりも出会えた喜びの方が勝っていました。遠くから楽しそうに話している二人を、ただ笑顔で眺めていました。自分のことを少し好きになりました。大学生になったばかりで、不安や悲しみも無かったからでしょうか。そう考えると、私の求愛も随分手前勝手ものです。
高校生の頃、コンビニで立ち読みをしていて、窓ガラス越しに君のような姿が見えると、清冽な動悸に襲われて、胸が立ち騒いで、本をその場に置き、確認しにいったこともあります。自分に対してだけ誠実であるなら、中学校を卒業してから、ずっと、君のことを思い続けてきました。つらいことがあると、君の、人の顔を正視する真面目な表情が懐かしく思い出されていたたまれなくなります。目的を持たない洞察力が我々をいたたまれなくさせる感情が愛なら、最初の手紙の文末に、愛する知里さんへと記したこともあながち間違いではありません。今まで生きてきた中で、一番会いたい人に、一方的ではあるけれど、コンタクトをとれることが嬉しいです。哀しい幸せではあるけれど……ごめんなさい。おやすみ

23日10時54分
朝11時頃に、祖母の家に行ってくると両親が私を起こす。飾り付けるひな人形の手伝いに行くらしい。車を出せば喜ぶだろう。昨日の疲れが残っていて、寝たふりをした。昨日の部会では、今年は昨年の倍ほど蛤を売るようにとバイヤーの話があった。
――兄弟に女の子がいないので、幼い頃、雛祭りにちらし寿司や蛤を食べて、祝い事をしたことがありません。君は姉妹だから色々な思い出があったでしょう。昼過ぎに近くのグリーンウォークを散歩していると、ベビーカーを押している主婦や、買い込んだ生活用品を車のトランクに積め込んでいる夫婦、大学生らしきカップルが見受けられました。どれも君のように見えて、自分のしたことが、改めて社会生活のルールを無視した不埒な振舞だと思えてなりません。幼い頃、キックベースをして遊んでいる仲間に入りたくて、遠くから石を投げたことと似ています。あまりにも稚拙で、もうメールを送るのはやめないといけないと思っています。けれども、映画を観たり、テレビでラブソングが流れていたりすると、君の仕草や振舞が、サイレント映画のように、脳裏によく浮かんでくるんです。それは私が鳴りもしない綾の鼓を打ち続けていた過去の苦い記憶を甘美なものに代える脳内作用かもしれないと思えるようになりました。一途さを、男が思うより女の子に受けないのは、単純な愛の観念からくるコンプレックスの産物を背後に見るからかもしれません。今年は蛤を食べますか? 良質の地蛤が今年は豊富に楽しめそうです。今は幸せですか?

24日23時32分
魚が売れないのではなく、工夫を怠っているからだと店長が売場を物色しては、開きにしろ、刺身にしろ、漬魚にしろと指示をするので、帰宅時間が午後10時です。職場にいて社員、パート、バイトと話をする時、我にかえります。こんなことをする人がいるのかと情けなくなります。何故、君だけにこんな失礼で非常識なことをするのか、自責の念に駆られています。昨日は夜中に目が覚めて、涙が止まりませんでした。皆、大人になっているのに、私だけ子供のまんまだと思いました。もうことが大きくならないうちにメールを送るのもやめるようにします。こんなことされたら、正直、こわいですからね。私だって女の子だったら、性質の悪い悪戯電話をされたかのように怒ります。今まで申し訳ございませんでした。

28日21時13分
職場からの帰り道、尾根幹線を橋本方面に突き進み、一本杉橋手前の交差点を右折して、公団に囲まれた薄暗い道をさらに下ると、落合団地3-2が見えてきます。3-2-8の前で車を降りて、君がいた部屋を眺めました。住んでいる気配がないほど真暗で、窓の埃立った柵に蜘蛛の巣が張っています。周囲を見回しても、部屋という部屋が暗く、海底に沈んだ街のようでした。小学校の方を眺めやると、橙色の輝きを微かに放っている街灯が、公園のブランコを照らしています。誰ひとりいないことで寂しさがいっそう募ってきて、もう一度暗い部屋に目をやると、君に非常識なモーションをかけた意味がわかりました。
毎週日曜日、野球の練習や試合があった帰り道に、君の家の前を通ることにしていたんです。部屋に明かりがついていると、肩に掛けたバットの腕を磨けば、プロ野球選手になって1億円を稼ぎ、君と結婚できると考えました。少なくとも5年以内なら、大丈夫だろうと自分に言い聞かせていたのです。その時の心理状況は、フロイトのエディプスコンプレックスに似ています。男の幼児は父と同じように母と接することが出来ず、そのために葛藤を抱きます。次第に、父のような立派な大人になって母を独占しようという無意識の強い動きがあり、それが良心を形作る上で土台となるそうです。今は君の彼氏のように振舞ことはできないけれど、大物になれば認めてくれると信じていたのです。小・中学校では、私はいつも人より劣っていると考えていました。それゆえ、誰よりも大きくなりたいという願いが強くて、有名病になっていました。
高校2年生の秋に手紙を送ったのは、私のことを覚えておいてくれないと、プロポーズする時に困るからです。夢は破れるもので、プロ野球選手になることが出来ませんでした。大学生になると、今度は、書きものが好きだから、芥川賞作家になりたい、『若きウェルテルの悩み』はゲーテが25歳の時に著したのだから、その歳ぐらいまでに成果をあげれば、君にまだ間に合うかもしれないと妄想しました。遊ぶこと無しに勉強したのですが、小説らしいものも書けません。2度目の手紙は、君が結婚しているのかどうかの確認だったようです。
 昔、私は全校朝礼に出てくる君の姿を遠くから眺めるたびに、あなたのためなら、死んでも構わないぐらいの気持ちになりました。そして、落合商店街を片腕で吹き飛ばすぐらいの力を、身内に感じたんです。男子校に進んだ私には、少しの打算もあったのでしょう。愛するためにすることと、生きるためにすることの区別に迷うことなく、自分の夢に専心するためのはからいでもありました。
思い出の中にだけ生きるあなたの姿は、女神のごとく理想化され、それはまるで小野小町の化身のようでした。胸中において、絶対的な存在であり、また、動機を維持するには、現実に存在する必要があります。1月2日に皇居二重橋天皇陛下に手を振る日本人の心境に近いです。お伽噺の保存である天皇制に、あれほど熱狂する人達を見れば、自身のお伽噺を大切にして生きてきたことも意味あることと考えられます。
 来月の20日に31歳になる私は、もう君が子供の靴下をお店で探していたり、保育園の園長に子供の手を引きながらお辞儀していたり、主人の送り迎えに車を持とうか迷っていたり、家計簿をつけては窓の外を幸せそうに不機嫌で眺めていたりする姿ばかりが頭に浮かんでくるようになりました。今回、とんでもないことをしたのは、失われた太陽を取り戻したい叫びに違いありません。私は自身を太陽に向かって咲く不器用な花のように思いたいです。もう私のことを気にしないでください。おやすみ…… SMS・MMSで送信済み

3月2日20時36分
昨日、あやまって電話を掛けてしまいました。頭の奥深くにある君の映像がこの頃、頻繁に出てきます。前もって31歳の誕生日プレゼントにパンドラの箱を貰ったかのようです。夢に何故か熊谷さんが冷静に出てきて、真顔で私に、おかしいからやめなさいって説明するんです。私は何度もうなずきました。離れたところで震えているあなたがいて、私と目が合うと必死で逸らします。同級生の輩の何人かが、あなたに同情するようにうなずいては、私のことを大声でそしりながら笑っていました。私は目が覚めると、涙があふれてきて、これが現実なんだと正気に戻れました。私の半生で、何でこんなにもあなたの姿が、頭に浮かんでくるのか良くわかりません。異性のイメージはその人個人のみではなく、祖先から民族全体から、どこかに深く積み重ねられたものがあって、それが人の心の中に出てくると言えるのでしょうか。胸が塞がるようで苦しいんです。不真面目にからかい半分でしたことではないので御容赦ください。もうメールしませんから大丈夫です。ゆっくり休んでください。

8日20時14分
またメールしました。ごめんなさい。どれだけの恐怖や迷惑を与えているのか、本文そのものが届いているのかすらわかりません。早朝職場に顔を出して、それから免許更新のため府中運転免許試験場に行き、帰りがけ大国魂神社に立ち寄って、境内を散策していると、孤独感が募ってきました。道行く人の顔を眺めていたら、母と君とその女性と三重写しになっています。良く言われるのは、女は男の顔を父と二重写しに見るし、男は女の顔を母と二重写しに見るということでしょう。
私は自己実現の欲求が強すぎました。プロ野球選手にどうしてもなりたいから、そのために周囲の人達がいると考えていました。エディプスコンプレックスの理論では、母を獲得するために、反感を持つ父を越える存在になろうと無意識に努力するのであるから、小学校高学年ぐらいに母親の性的な効力が失われた段階で、無意識の戸惑いが生じたはずです。そこで反抗期に入らずに、第二の母親として美しい君を勝手に選んだのだと考えられます。幼稚な夢であってもそれだけ実現できれば良いと明らかに考えていた私は、徐々に魅力的になり無視できない存在である女の子を、そのように捉えていたのは否めません。少年期、青年期に恐ろしいほど、現実に恋を適えようという気持ちが欠けていたのは、悪く言えば、ナルシストであり、良く言えば、幼稚な夢に邁進する姿でしょう。同性には、一緒にいて訳も無く楽しいか、勉強になるかしないと友達として付き合わないような冷たいところがありました。周囲からは、えらい子供に見られることもあれば、10歳も年上に思われることがあるのも、きっと、初心な精神構造を半ば意識下されているところから来るのでしょう。もうすぐ31歳になる私が、非常な孤独感を受けるのは、自分の生き方に関係があるようです。
普段は、小さいスーパーで魚を毎日、販売しています。今回、捜索願を出したのは、家出をして行方不明の母親に会いたい子供と、ほとんど変わりません。私の胸の内をのぞけば、恐怖を感じるものは何もありません。貯金で高価な宝石をプレゼントして構わないので、生きているうちに、もう一度会いたいです。回転寿司で食事するだけでもいいのでお願いします。これは無理難題でしょうか?

11日19時53分
2時50分に売場で目をつぶると、こんなことをしているからか自分が生きていること自体、マイナスに思えてきて、君と話したくなりました。こんな失礼極まることをする人はいないかもしれません。でも電話してみます。

12日22時42分
 惣菜部で働いている同年齢のパートさんがいて、よく子供をお店に連れてきます。長男に何歳か聞くと、10歳らしいです。私の10歳は何を感じていたのか思いを馳せると、三国先生が北落合小学校に赴任してきた際のことが頭に浮かんできました。彼は、皆に先生の馬鹿と言わせてからギターを弾き始めました。私一人だけ言わなかったことで覚えているにしても、馬鹿と言う時の皆の顔が忘れられません。私は過去に起きたある場面が、鮮明に脳裏に浮 かぶと、それが20年前のことでも、昨日のことと変わらない感覚になります。私は明日、あの4階の教室で、同じ心で授業を受けることができそうなんです。君に惹かれたのは、美人で母性的だったからだと思います。結婚するのは、君が一番早いと感じていました。恐らくそうではないでしょうか。それにしても、あの先生と同年齢になって、いくら教育のためと言っても、小学生相手に格好つけることは、恥ずかしくてできません。私より子供心にかえれる人がいるってことですね。
今日は、イワシを20キロ開きにして、5000円の儲けが出たことが嬉しかったです。こういう生活がもう10年になるから、麻痺しているのかもしれません。変な話に付き合わせてごめんなさい。おやすみ……

14日21時03分
学生の頃の友人が、川崎駅近くの喫茶店で、劇をするらしく、今日の休みを利用して覗いてきました。フリーターをしながら、俳優を目指してきたそうです。喫茶店のある場所に行くと、中からやつれた女性が出てきて、3階と指を上にさします。アパートの部屋と変わらない扉の前にきて、そのいかがわしさに男の私でも入るのを少しためらいました。幕開きに男がナイフで刺されたので、ミステリー仕立ての劇かなと思いきや、男が次の場面では、幽霊として登場します。肩を組んで歩いている男女が、後半になって、変によそよそしい会話をする説明らしきものもないし、内容は支離滅裂でした。遊園地のお化け屋敷で遊んだことを考えれば、3000円払うのはちょっと高いくらいです。
終わってから友人と他数人で食事をしました。35歳や39歳の男性は、バイトしながら、ずっと演劇をしてきたそうです。二人の顔立ちがいいものだから、こういう世界もあるのかなと錯覚するけれど、どこか痛ましい感じがしました。今の私はもっと堅実に歩んでいきたいんです。自分勝手に生きてきたことから、人付き合いが下手で、いい関係を結べないんです。手紙を送ったりするのは、ただ不器用なだけなんです。卒業文集を押入れの置くから引っ張り出して、あなたのを読みました。人とのふれあいについて色々考えていたんですね。
原体験において、あなたは私の女神のような存在であったから、行き詰まると、見守っていて欲しくなるんです。今、子供が一人いて幼稚園に通っているとか、どういう生活をしているのか、一言でも頂ければ、頑張れそうなんです。そしたら、一切の連絡を断ちます。それか、私の身辺雑記を暇つぶしに読んで頂けるだけでも慰めになりますから……すみません……おやすみ

15日21時13分
素直でいることが人付き合いでは大切なのかなと帰りの車内で考えました。回転寿司屋の待合席で、代田さんを見つけたら、好きな人なのだから、喜んで歩みよればよかったのです。君は眉間に皺をよせ、首を横に二、三振り、自分のしたことがどういうことか教えようとするでしょう。異変に気付いた男が背後から出てきて、私はごめんなさいとすごすご引き下がるでしょう。しかし、帰りがけしょんぼりしている私を、あなたはちらりと見て、心を少しは許すはずです。こういう積み重ねが、良好な人間関係を築いていくのかもしれません。それが、私はいつも傷つくのを恐れて、そ知らぬ振りを決め込むんです。本当は、大人になってさらに美しくなったと思いました。どうしても、傷つくことを恐れて、人と深く付き合うことを避けてしまうんです。どこかで君とバッタリ会っても、今度は相手もしてくれないでしょう。天気の話ぐらいはしたいなと思います。無理でしょうね? とにかくちょっとしたことで傷ついてしまうんです。頑張らないと……

19日23時01分
昨日に比べて、今日は暖かく、冬が背後に消えそうです。蛇口から出る水は、まだ冷たくて、長時間、魚を卸していると、手が赤く腫れ上がります。33歳の男が、パートアルバイトをしに来るのですが、覚えが悪すぎて困っています。昨日、赤魚粕漬を詰めたことを思い出してやってくれと指示しても、詰めましたっけと首を傾げて上を向いてから、あっとくる始末です。人件費のこともあるので、前まできつく当たっていました。このメールを送るうちに、罪の意識が芽生えて、変に優しく接するようになりました。そして、今日、その男が休日なのに出てきて、品出しを手伝おうとするんです。聞くと、タイムカード切らないので、やらしてくださいって言うんですよ。
でも、メールを送ることは、やめようと思うんです。思い焦がれた人の目に、自分がクモやハエのように映るなんて、考えただけでも嫌ですからね。実は、2年ほど前に手紙を送った数日後、名取君とバス停でバッタリ会いました。さっき、多摩センター駅に向かって熊谷さんと代田さんが楽しそうに歩いていたと彼は言いました。それを返事と受け取りたかったんです。私の些細な言葉に触れて、あなたが笑みをこぼすことがあれば、とても嬉しいから、奇跡を信じて書いてしまいます。私の理性は、感性的欲求に、これほどまでに弱いのでしょうか? 一つの出会いが、何故、これほどまでに私の心を揺さぶるのでしょうか? 理由は良くわかっています。あなたのことを、あまりにも知らないからです。

22日20時16分
午後8時過ぎ、落合団地二丁目の交差点にあるセブンイレブンに車を停めて、落合商店街までの坂道を歩いてきました。幼年期、少年期の記憶を頼りに、固着観念(fixed idea)を克服したいと考えたからです。知り合いの誰かに偶然にも会いたい衝動に駆られましたが誰もいません。落合第二公園に差し掛かる場所から、あの引越しの日と同じように、落合3―2-8号棟を眺めました。薄気味悪いけれど、勘弁してください。どうしても忘れられないエピソードがあるんです。
放課後、一緒に遊んでいた大渡君が、3-2の集会所の前で、小二の男の子をつかまえて、長い間、プロレスの技をかけようとしたり、偉そうに説教くさい話をしていました。今考えれば、彼は一人っ子だから、弟が欲しかったのかもしれません。そんな大渡君を持て余していて、私は恥ずかしかったんです。偶然にも自転車に乗った代田さんが現れて、そばを通る際、面白いものを見つけたように笑いました。翌日、大渡君に、小さい子をつかまえて、いじめていたよと明るくなじる声を傍にいて聞きました。隠しだてをせず、思ったことをそのまま口にしながら、相手のことをいたわるような優しさに詩があふれていて、胸にキュンときました。
商店街には、昔さながら、お菓子のビニール袋を散らかして馬鹿騒ぎしている中学生でも集まっていれば、かえって嬉しいのに、静まり返っています。帰り道、つれづれと考えるに、気持ちをはっきり表しながら嫌味がなく、相手を気遣ってさえあるのは、辛い思いをした人でなければ出来ません。母親の厳しさから予期せず育まれたものでしょうか。なおかつ、容姿が際立って美しければ、世間擦れのない私の目には、女神のごとく映ったはずです。
歩く自分の足音が背後から追ってきます。私の左側に影が、黒く大きなメトロノームのように、拍を刻んでいました。She is not what she was. He is not what he was.(彼女は昔の彼女ならず。彼は昔の彼ならず。)英語の授業で音読してから忘れることのない、数少ない英文が、暗い夜道に木霊しているようでした。私のわがままから迷惑を掛けることが多くて、本当にごめんなさい。

28日18時28分
彼岸を過ぎて、だんだん暖かくなってきました。もうすぐ桜が咲きそうです。公立の小中学校には、ソメイヨシノの桜が、必ず1本は植えていなければならないとつい最近知りました。教育のためということです。日本の古文における桜のほとんどは山桜らしく、気難しい評論家は、ソメイヨシノを俗な花だと嫌います。家の前の小学校には、毎年、だだっ広い校庭の端の砂場の横に、1本、とってつけたように咲いています。去年は、その桜の花びらが、霧雨のように真横に降っていました。後日、あらわになった枝は、風にも応えないほど、空に力強く突き出して、また来る春を、今か今かと待っているようです。
 私は人からよく馬鹿真面目だと忠告を受けます。それでも才能に乏しく、あまり力がつきません。こんなにやってもあの人の方が優れているとか、恵まれているとか考えてしまうことがあります。
 誰か忘れたけれど、黒板に「殺す」と書いて、先生に頬げたを張られ、教室で泣いていました。彼に代田さんが、からかうように口にした「何をやっているのよ」という言葉は、私の琴線に触れて、センチになると思い出します。もの心がつく前のことでもあるから、記憶も定かではないし、何故、君へ心が極端に向かうのか、正直なところ分かりません。他の人には、懐かしいぐらいで収まります。
時は流れて、人生は枝葉の行く末のように未知数です。誰でもが、それぞれの花を咲かそうとしているのでしょうね。

4月1日20時29分
今年の二月初旬に、人事異動があり、世田谷の希望ヶ丘で働くことになりました。世田谷通りから帰ると、河川敷にある狛江高校を通り、甲州街道(20号)から帰ると、神代高校と調布南高校の前を通ります。失礼極まりないと言い聞かせても、メッセージを送ることをやめられません。 
この頃、自宅に招かれた時の情景が目に浮かんできます。壁にはミッキーマウスのポスターや、ミニーマウス、ドナルドダックのプリントが、2、3枚貼られていました。その壁に沿うようにベッドが置かれています。折り目正しく整えられた薄青のベッドシーツに君が腰掛けると、波紋のように皺が寄りました。
ビデオテープが隅に積まれ、畳の上に鉄アレイが転がっている兄貴の部屋、蔵書ばかりの父親の部屋に慣れている私には、別世界のようでした。絵本に描かれたゲームを楽しそうに見せながら、話始めた時の君の姿がなまめかしくて、自分が吸いこまれていくような気がしました。
器量が好くて、少し野暮ったく、さばけて厳しいあなたの母親が、ご飯だというから、帰ることになりました。居間に座る母親の背中に強いものがあって、もう来てはいけないと思いました。この葛藤が、ローレンツインプリンティング(刷り込み)のように、心に残っているのでしょう 。
数年前に、電話を掛けたことがあります。母親が出ました。覚えているか期待したのですが、二人とも家を出ているからいないと厳しい調子で、取り合ってくれなかったんです。女の子を持つ両親としては当然で、私がおかしいことはわかっています。手紙を出すと、住所不明で戻ってきました。(0423)が通用する区域の電話ボックスを車で回って、タウンページを調べても載っていませんでした。インターネットの探偵サイトを利用し、ATMで3万円を振り込んだ時には、こんなことする人いるのかなと恐ろしくなりました。何度も自分に馬鹿だと言い聞かせているのに、そうしないと落ち着かない自分がいるんです。これは恋なんでしょうか?
テレビで田中好子が映っていたり、夏川りみが『なだそうそう』を歌っていたり、あなたが夢に出てきたり、やることがうまくいかずセンチになったり、『ファウスト』の最後の言葉、「永遠にして女性的なるもの、われらをひきて昇らしむ。」を思い出したりすると、心の底から涙が湧いてきて、抑えていたものが爆発するように、会って話したくなるんです。ウェルテルが拳銃でこめかみを撃ちぬく心境もわからないでもないです。代田さんはとても真面目な人だったから、自分の気持ちが伝われば、返事だけはして頂けると思って、また……申し訳ございません。

7日20時02分
長い間ぐずついた気候も、嵐が去ることで、春を確かなものにしたようです。俳句好きの両親が、青梅の花を、今のうちに見たいというから車に乗せて連れていきました。吉野梅郷は、枝々からひらめくように咲いた梅の花であたりいっぱい埋め尽くされています。白い花弁から紅い蕊がのぞく花には、雪の上にのせた紅い牡丹のように小さいけれど厳かなものがありました。このほとんどがウィルス感染のために伐採されます。梅の花にも、桜の花にも、とにかく美しいものを目にすると、代田さんのように綺麗だと思うんです。
腕相撲をするのに、女の子だからかなわないかもしれないわよと口にしたことがありました。沢山の人との出会いがあって、人間関係が複雑になって、ずるさが染みついてくるほどに、胸襟を開いてことに当たる姿が、美しいこととして思い出すんですね。帰りに立ち寄ったコンビニで、同年齢ぐらいの男と一緒に、ベビーカーを押しているポニーテールの奥さんがいて、そばを好奇心旺盛な少女が、駆け回っているのを見ました。幸せそうに微笑む奥さんが君であれば、代田さんの幻が、辛いけれど雲散霧消するはずです。心が満たされぬ空想でいっぱいになるなんて病気かもしれません。それは風もなく明るい昼下がりに眺めた吉野梅郷のようなさだめなのでしょうか 。

 

15日19時56日
靖国神社の桜から満開宣言出る頃には、富山湾ホタルイカ漁も最盛期を迎えます。漁火に囲まれた夜中の海面に、大きな光の絨毯が波打っている様は、酔いを借りれば、天の河を反射しているようにも見えるでしょう。宇宙から見た日本列島の光に、ホタルイカを思い出したこともあります。全身から放つ青白い光が強いほど、雌が寄り添ってくるそうです。
ゲンジのこと好きな女の子いないよねと男同士話していて、騒いで悪戯しているよりずっといいと思うと応えたことを友達から聞きました。容姿でないところを見る目が嬉しかったんです。雛祭りに、雛壇に飾る人形は、どれも愛くるしい器量で、七夕に体育館で映写されたアニメの彦星は、端麗でしたからね。
クジャクが美しい羽を広げて、キリギリスが可愛らしい声で鳴いて、カブト虫が大きな角をふるって、鶏小屋から聞こえてくる鳴き声も、オスのなわばり争いと求愛を意味しているようです。大もとでは 、男もそこまで変わらないでしょう。
人が楽しそうに何かしていると、嬉しそうにのぞきこむ代田さんの姿が印象に残っています。今、どうしているかわかりませんが、いつも笑顔でいてほしいです。

22日19時39分
くら寿司に、宮田さんがいました。茶髪を手でかき上げるとのぞく冷たい目元だけが、幼い頃の印象と違います。流れてくる皿を待つ間の漫然と落ち着いた表情に、あなたが「みやっ」と呼びかけていたのを思い出します。
代田さんは、気軽に呼びかけて、みんなで一つのことをするのが好きでしたよね。学級新聞を作るのに、カラフルなマジックで絵を描いては、楽しそうに見せていました。協力しないでふざけている男子を不思議そうに眺めて、真面目に書いた内容には、寄り添うようにうなずいている顔が綺麗でした。学芸会の前日、夜になってお化け屋敷が完成し、父母連が持ってきた差し入れのお菓子を嬉しそうにつまみながら、隣の人に、良かったわねと言いました。みんなで幸福になろうとする思いの強さを、いつも感じていました。
その思いのまま、素直に伸びて、花を咲かせて欲しいという願いが、時と共に、胸中深く膨らんでいったようです。お金や異性のことをより考えるようになると、郷愁にかられて、君の姿が、憧れとして浮かんできます。どんなに社会が複雑になって、すれてきても、本当の温かい気持ちに接した日を忘れることが出来ないんですね。

29日19時42分
明星幼稚園横の草むらから響く鈴虫の鳴き声を、金網に耳を当てて聞いたのはいつの日だったでしょうか。そびえる電灯の明かりが、草ぐさをほのめかすように、虫達を呼び覚ますように照らしていました。鉄砲草の奥深く、真っ暗闇のところから、昼間はモンシロチョウが飛び回り、それをカマキリがじっと見つめているところから、鳴き声が繰り返し響き渡ってきます。
源氏物語』並びの巻きで、「おほかたの秋をぼうしと知りにしをふり棄てがたきすず虫のこえ」女三宮が思いの外、口にすると、「こころもて草のやどりをいとへどもなほすず虫の声ぞふりせぬ」と源氏の応える切なさが、1000年の時を隔てて、今、私の胸に伝わってきます。

学校裏の地面を掘り返し出てきたジョンレノンのテープを、先生が悲しそうに取り上げて、やり直しだねと言ったときの、代田さんの怒りに似た悲しい顔を忘れることができません。母親に似た優しさで、みんなで仲良くやっていこうとする温かさがありました。
駐車場になったあの場所に響く声はもうないけれど、夜の明かりの下の暗闇に、 似たような声が、どこからともなく聞こえてきます。悲しいぐらい知里さんのこと好きでした。

5月6日20時07分
大型連休は、バーベキュー商材と、子供の日に向けた刺身材の販売準備があります。山野の青空とは縁が遠いです。学生の頃、正月明けと大型連休明けは、憂鬱でした。就職してからは、逆に解放された気分です。禍福はあざなえる縄の如しというけれど、幸福の後は、喪失と向かい合わないといけないんですね。それでも、欲しいものがなくては頑張れませんから、心身のバランス良く生きていけばいいと考えるようになりました。
家では7歳上の兄がいて、学校では早生まれからか弟分になることの多い私は、代田さんに出会ったとき、お姉さんがいたと思いました。綺麗な顔、おしゃれな着こなし、当りやわらかく高い声、相手の顔を見てうなずく上品さ、好悪をはっきり表す無邪気さ、時々内気になっている哀感、スヌーピーのノートやミッキーマウスの筆箱、すべてが頭に思い描いていた好きな女の子とそっくりでした。
教室の床に落ちていたバドミントンのシャトルを手にして、気付いた君に渡したことがあります。先端の球から白羽が円周状に広がり伸びて雅やかでもあれば、空爆の代わりに巨大なシャトルがいくつも落ちてきたらと空想出来るほど滑稽でもありました。女の子の白く繊細な手で打ち上げられてこそ美しさを帯びるような、可愛らしさに後少しもの足りない、荒々しい男の手では、たちまち羽根が傷んでしまうように、はかなくもありました。
 体育館にあるラケットで、シャトルを空へ打ち上げようとしたら、割れた音と共に、傷ついた鳥が無理して羽ばたいたように、左に落ちていきました。ガットの中央に当てることを意識して軽くラケットを振ると、鳥の踏ん張って飛びあがる快感が、二の腕まで伝わってきて、遥か高く舞い上がったのです。
二十年も前のことが、とりとめもなく目の前に浮かんでは、シャトルのように落ちていきます。150年前のイギリスの新聞に描かれた漫画の男のようです。今、君はどんなことに興味を持って、手をかけているのでしょうか。その願いがかなえられ、喜びに翼をつけて天を駆けることを願っています。

これはどう? と絵を差し出してから、覗きこむような君の笑顔は、綺麗な一面の青空で、私は曇って欲しくないから、絵も見ないでうなずいていました。自分の美しさを毫も気にせず、いくつも絵や写真を見せてくるけど、私は夢中になって君の姿を何か大事なことのように見つめていたんです。
恐らく気付いた母親が、隣室から驚いた顔で飛び出してきて、居間の椅子に背中を向けて腰掛けました。ダイニングテーブルに目を落として、母親は何を考えていたのでしょうか。帰り際、玄関口で挨拶をすると、背中を向けたまま、顔を無理にこちらへ向けて笑うので、恥ずかしくなりました。

しばらく経った頃、給食の時間に、顔を上げると、前に座る君と目が合いました。新しい写真が入ったのよねと軽く吹き出して楽しそうに目を斜め上に向けます。左前にいる先生が、話したそうな目をするから、私は残りの春巻きを食べることができません。

数日前に、『赤い実はじけたの』の国語の授業があったのです。買い物をしにきた綾子が、魚屋を手伝っている同級生の哲夫からアジのたたきを渡されて、話しているうちに、突然恋がはじける話です。綾子は浅いところで惹かれているようにしか思えませんでした。だけど、先生が彼女の心の揺れを、1時間に渡って、皆の意見を求めながら話すので、私は、胸の内を覗かれたら大変だと、先生を内心恐れました。
 オボンに残した春巻きを見たあなたに、嫌いなの? と聞かれて、しどろもどろになっていると、本当に不思議そうに私の顔を見つめてきます。その目に邪心も虚飾もないので、照れることなく、しばらくあなたの目を見ていました。つい微笑んでしまっても、どうして? とまじめな顔をしています。正直とは、こんな顔のことを言うのではないかと、ふと思いました。修身教科書くさい、いかめしい徳ではなくて、正直という言葉で表現せられた本来の徳は、こんな可愛らしいものではないでしょうか。
 私は安心して春巻きを箸でとり、美味しく食べました。女々しいと言われても、その味を今でも忘れることができません。

本当にごめんなさい。もう最低です。でも、話したいので今から電話します。
誰とも話したくない日が続いていた時、あなたとなら話したいと思いました。第3次産業に従事する親が入居する落合団地は、故郷とは呼べない故郷で、青臭い思い出しかないから、未練の一つもないはずでした。引っ越すときになり、部屋の片づけをしていると、寂しい気持ちになって、無いはずの忘れものを探していました。自転車を止めて、遠くから見た落合の丘と、その青空に、真面目に本当のことを言うあなたの顔が浮かんできたんです。きっと、汚れのない誠実さを、置いてきた思いだったのでしょう。用心しいしい付き合わずにすんだ日そのものが、私の故郷でした。年を追うごとに、人に対してますます疑り深くなるようです。変なことばかりして御免なさい。代田さんは、皆が明るい気持ちになる花見の桜のように、とても綺麗な人でした。
これだけは、読んで欲しいです。数年前に、社内報に新年の挨拶文を寄せることになりました。私のことを不審に思う人もいなくはないので、できればこの機会に400字内で自己紹介文をしたためてみようと考えました。
「新年あけましておめでとうございます。入社してから今年の4月で7年がたちます。当時、まな板で大きい魚を卸す先輩達の姿を見て、私も同じようになれるのか不安になりました。左利きの私は包丁の使い方が逆になるにもかかわらず、諸先輩に、一から懇切丁寧に教えて頂いたことを感謝しております。
 長房店は甲州街道沿いを流れる浅川の橋を渡ってすぐのところにあります。春にはソメイヨシノの桜並木が綺麗で、多くの花見客が訪れます。夏には虫の鳴き声がかまびすしく、秋から冬にかけては魚の売れゆきがグンと上がるので忙しくなります。
 高齢者のお客様が多く、刺身や切身は、常時、個食パックを置くようにしています。朝の散歩ついでに来る奥さんが、甘塩しらすを良く買っていきます。
 まだ主任としては初心者マークの私ですが、上司の話しを良く聞いて、担当者やパートと相談しあい、お客様のニーズに合った売場をつくっていきたいです。今年もよろしくお願いします。」

「朝の散歩~甘塩しらす」のところで、目に映った疑問について考えようとするのですが、この感じる内容に、昔から周囲と若干のズレがありました。しらすなら良くても、人があまり興味を示さないことも多々あるはずです。これが常識を守ってプラクティカルに生きる芽を歪ませる原因になっています。30歳過ぎて、こんな迷惑な行為をして顧みない自分に怒りから涙を流し、めまいがすることも二、三ではありません。君ならわかってくれるのではないかと甘えた気持ちが抜けません。まだ思春期の少年の振舞だとお許しください。ごめんなさい
ゴールデンウィーク頃から、潮干狩りのニュースをテレビで見ます。毎年、大人も子供も、泥を手と足につけて、砂浜を懸命に漁っています。手に取った石コロみたいなアサリも、身を厚くする旬の春を忘れないんですね。
休憩時間に気の置けない職場の同僚に、自分のしたことを話したら、相手がどんな風に思うか考えてみろよと不愉快そうでした。そんな素敵な人と出会えただけ幸せなんだから満足しないといけないと言われました。その通りであることには間違いありません。しかし、私にとって代田さんは、誰よりも大きな意味合いがあります。何故、近くにいるだけで、手先が震え、紅潮し、うまく話せなくなり、目に映った一つ一つの動作までを苦しく悲しいぐらい、寝付く夜に、思い出さずにはいられないのか? という命題が、学校のテストの10倍の重さで、思春期の私の胸に迫ってきたからです。それは、他者とどう生きるのかという根源的な問いかけでもありました。恋を得ようとする心が強まるほど、自分の個性に嫌でも直面し、否定せざるを得ないなんて、中学生の私には過酷でした。あなたに受け入れられたら、幸せの青い山に入ることができると信じてしまうのです。今でも、綺麗な人を見ると、失礼極まりなく代田さんを思い出すから、いつも近くにいるような気になっていました。男は性に対して観念的であるという言葉が慰めになります。口を閉じて地中深く身をうずめるアサリと
なり、海面に光の輪がいくつも揺らいでいる夢を昨日見ました。

髪がこのところ、めっきり薄くなりました。遺伝なのか、悩みからなのかわかりません。
壁にぶつかると、他から強いられた一切のものが脳裏をかすめます。次男で生まれ、英語教師でプロ野球好きの父と、小学校の先生をしていた母がいて、落合団地で育ち、鏡に映る顔を見て、周りを見渡せば、宿命の残り滓が意思ではないかと思えてきます。
男が女より強いのは、知性と腕力だけですから、代田さんに生まれたいと思う男子も少なくなかったと思います。それでも、女で生まれたことに妥協しないで、普遍に至ろうとする君の姿が、野球でレギュラーになれない時、包丁を左手で覚える時、大きな壁を前にした時、目に浮かんできました。怖がられてもしょうがないですが、ずっと思い焦がれていました。この気持ちは自分勝手で、女性には理解されないでしょう。精子卵子に懸命に向かうような一途さは、男性の本能であって、エゴから良心の仮装をするんですね。
先輩社員は、あなたって優しすぎるのよと泣きながら振られたことが理解出来ず、次に進めないというのも、他にいい男が出来ただけではないでしょうか。私は十分俗悪で、山気もありすぎるほどあるのに、俗に遊ぶ境地になれないし、寛厚の徳に欠けているから、性格の合う人が少ないようです。女の子と手をつないで街を歩いたことさえないんです。それでも結婚したいと考えると、薄くなった頭に手を当てて、自分に勝たなきゃいけないと思えてきます。

一年に一度、鮮魚部の実地研修があります。今年は焼津に行ってきました。中央自動車道から大月JCTまでは、八ヶ岳少年自然の家に行く道のりと変わりません。連想ゲームで、アイドルと聞かれて写真集と答え赤面し、目に映った古びて赤い鉄橋が、昔のまま、新緑の木陰にひっそりとしていました。
車内を見渡すと、武骨な男達がマイクロバスに所狭しと座っています。
焼津はカツオだけでなく、回転寿司で有名になったびんちょうマグロの一大漁港でもあります。ツナ缶の原料としか認知されていなかったびんちょうマグロが、お土産店で、刺身・寿司だけでなく、コロッケ、チーズ、ステーキになって、積んであるのを見ると、見方次第でものの価値は変わるものだと、あらためて思います。
最後に訪れた駿河湾岸は、海底深く綺麗なことから、日本で唯一、桜エビが獲れます。近くにいる男の子が、親に、地平線を指差して、あの向こうはどうなっているんだろうねと聞いています。私も心の奥深くで遠くに感じる君へ同じように問いかけていた日を思い出さずにはいられませんでした。

昨年から新規出店が相次いでいます。人を増やすことなくやるものだから、一人一人の仕事量が増えるばかりです。経営者の一人が、電気料金の値上に反抗して、中小企業代表の面を下げて、ニュースステーションのインタビューに応えていました。古館伊知郎も大企業を後ろ盾にする東電に、あれほど言えるのだから協力してあげたいと驚いています。危機感を募らす会社内の現状は、無謀な予算と、超過勤務によって支えられています。時には、怒りを覚えて魚を適当に並べて早く帰る日もあります。寂しくなって、過去を振り返ると、代田さんが浮かんでくるんです。
プールを終えて教室に引き返す際に、女の子数人で男子から渡されたラブレターを楽しそうに読んでいる君の姿を、渡り廊下で見ました。夢中になって覗きこむほどに、右の肩口から濡れた長い髪が鈴蘭状に垂れます。無邪気な笑顔をよそに、白いワイシャツの膨らみに雫を隠した黒髪がただよっていました。
 私は自分よりも好きなこの人に迷惑をかけてはいけないから、好きになってはいけないんだって思いました。その日の自分は、遠くに消え去って、今日では、こんなに不埒なことをしています。恋は1%のうぬぼれと希望があれば出来るものだというけれど、今なら相手を傷つけないで、自分の愛情を伝えることが出来るとうぬぼれているのかもしれません。不景気な世の中だから、暗い話題も多くて、あなたの笑顔を探しています。味方になれる日を思うと嬉しくて、涙を流すこともあります。本当にごめんなさい。

探偵ネットサイトの銀行に6万円を振り込んでから、2日経って、代田さんの住所を知りました。寝る時になると、君のことばかり浮かんでくるようになって、悩んでいました。兄弟姉妹間に恋心を抱くことが稀であるのは、お互いを良く知っていることからくるのだから、一度、目にするだけでも、幻想は瓦解し、今よりは平静さを取り戻せるだろうと考えたのです。それには、テレビで目にしたオーロラを見に北極へ行くような無邪気さもありました。あなたに見つからなければ大丈夫だと思いました。車に乗り、八王子の家から、16号をひたすら南下すること1時間で着きます。住まいを探し出すと、セキュリティーの高い立派なマンションです。自分のしていることは、かなり恐ろしいことと知り、車に急いで引き返しました。暗くなるほど不安になります。真っ暗になった頃、車線を挟んだ向かいの歩道を、女性が歩いてきます。あなたであることだけは確認できました。
次の休日には、歩道近くへ車を寄せて待っていました。みじめさが募り、いたたまれなくなっても、人生で最後の恋愛感情なる酔いに惑わされています。僥倖に恵まれて、その日も、考えていた通りに、代田さんが歩道を歩いてきます。雰囲気は昔と変わらず、想像していたよりもずっと美人で、とてもおしゃれでした。普段の生活で目にすることがないほど綺麗でした。芸能関係のお仕事でもされているのかと思いました。君に思い焦がれるのは、誰しも納得できることです。
それでも、絶対に近所へ足を運ぶことはしません。少しの不安も感じないでください。恋は思案の外と甘えるほどに幼稚なだけなんです。

 白々明けに目が覚めて、シャワーを浴びると、先日のことが頭をよぎり、首をかしげます。あなたが元気にしているか気になってというのでもあれば、謎に耐えられない男のさがからくるものでもあるのでしょう。
機械いじりを男が好きなのは、頭の中で考えられ、設計図が描かれ、それによって作り出された機械は、根本的に不可解なものがないからだそうです。秘境に挑む探検家というと、いかにも勇敢にきこえますが、男はそんな秘境に謎のあることに耐えられないからだとも本に書かれていました。
 今まで生きてきて、素敵な人に接すると、代田さんが化けているような気がしました。忘れるなんてできませんでした。先日、10年ぶりに見ることができて素直に嬉しかったです。スーパーで毎日沢山のお客を相手にするけど、君ぐらい美しい人を目にすることはありません。納得して帰ることができました。とても正直な性格だと記憶していて、あの頃、君のすべてに通り抜ける爽やかな風を感じていました。
 また私のエゴイズムから理解されないことをしています。この頃、しょっちゅう悲しみに襲われます。自分よりも大事に思っていたことだけは信じてもらいたいです。おっかないことをして反省しています。本当に申し訳ございません。

人事異動により、社員は通常一人で働き、休日だけフォローがくるようになりました。休日といっても、午前中だけ顔を出すぐらいのことをしなければなりません。中小企業の職場環境は、概ねどこも似たりよったりだそうです。
代田さんは、幼稚園の保母さんになりたいと話していたけれど、今はどんなことをしているのでしょうか。自分を心配しなければならないのに、つらいことが続くと、君のことを思い出します。
気の合う人が少なくて、引っ込み思案になっていた自分が、部屋に招かれて見せてくれた一枚一枚の絵に、共感できる喜びがありました。代田さんの色々な姿を忘れることが出来ずに、いつも幸せでいて欲しいと思っていました。他者の幸せを願う純粋な気持ちを抱くと、周りにも優しくできるようになります。
3・11の原発事故以降、海の放射能汚染により、関東近県の魚は思うように売れません。君を頭に浮かべる熱によって、冷え切って固まりつつある心を溶かしにかかっているようです。あの日、一切の虚飾なしに、純粋に人を好きになれました。今でも思いは変わらないので、こんなぶしつけな振舞を許してください。あなたの幸せを心から祈っています

君の広大無辺な手のひらの上を、走り回っている夢を見ました。何処に行こうと、足元からぬくもりがこみあげてきます。辺りは誰もいないし、代田さんと叫んでも、応えてくれず、ますます切なくなるばかりです。どんなことでもしてあげる気持ちになって、目頭に痛くあたたかいものを感じると、目が覚めました。あなたの目に何が映り、耳にどんな声が聞こえ、手でどういうものに触れているのか、それを出来るだけ喜びあるものにしてあげたらと思います。
昨年の十二月初旬から、まるで君の恒星の引力に巻き込まれた小惑星のようになっている自分がいます。
二十年間、私は何をしてきたのでしょうか。あなたに見せられた絵に象徴される美しい世界を求めてきたのでしょうか。
甲子園球児を目指したのも、みずから、その世界の人になりたかったからでしょう。文学作品に耽って、下手な小説を書いたりしたのも、それを表したかったからです。できれば、代田さんのように美しい人になりたかったんです。今でも、好きです。いつかどこかで会いたいです。

新店の応援もあって、休みが2週間近くとれません。20代は、働いて寝るだけの生活でした。恋の熱を冷ますのは、理性より多忙だというぐらいだから、恋愛感情が生まれにくい職場です。ヒルズ族のようにお金で女性を得ようとするには、あまりにも薄給のため、独身男性が多いと考えられます。
また、若者の婚姻率の低下が、マスコミで騒がれてもいます。今の30代はポスト団塊ジュニア世代にあたり、衣食住に困らず育つことで、よりスピリチュアルな価値傾向があるそうです。二人で生活するのに、価値観を合わせることが、複雑で難しいともいえるのでしょう。
 気の合う人を見つける場合、自然と匂いを嗅ぎわけて、仲良くなるのだろうけど、私には、あなたの姿ばかり浮かんできます。
放課後、校庭でソフトボールをしていると、花壇に植えられたヒマワリの前をシューズに履き替えた君が歩いてきました。古びた校舎や体育館、下級生のうるさく走り回る姿が、映画のシーンのように生き生きとしてきます。
先頃、夜道を歩く君の姿を眺めても、電灯の明かりに照らされたつる草、アスファルトの歩道、霊界の入り口のような妙福寺の総門にまで命がこだまし、同じ感動を受けました。
あきらめたい、あきらめない二つの思いから孤独になっています。行き帰りの車内で、君に似ているZARDの歌ばかり聞くようになりました。朝、唇を噛む痛さで目が覚めるなんて自業自得です。
今日も一日お疲れさまでした。 いい夢が見れますように……

午後3時に目が覚めると、昨日の疲れがどっと出て、起きるのも億劫でした。窓の外を眺めると、校舎から出てくる小学生のランドセルが、赤と黒の粒になって、くっついては離れています。
勉強や仕事をするのと同じくらい、人を愛することにだって気力と体力を要するのでしょう。
毎年、7月28日に、立川の花火大会が、昭和記念公園であります。西立川店が夕方にわかにこんで、お客が引き潮のようにいなくなった頃、臼でも落ちたかと思うほどの大きな音がしました。屋上にあがると、またたく星の夜空に、花火が上がっています。鬼主任に呼ばれて売場へ行くと、まったく売れなかった海鮮にぎり棒を目立つ場所に移していました。手直ししながら、赤く輪を描いて散った花火に照らされる、君の綺麗な横顔が浮かんできます。花火のように煌めくと、星のように遠くへ離れてしまうぐらいせつないです。自分に愛されるものは、見つからないけど、あなたに憧れています。

高校野球の予選が始まる頃、本格的な夏の暑さを迎えます。太陽の熱を全身に浴びたのも学生まででした。今日では、ビルディングの壁に囲まれて、日々の生活に追われています。その合間に、手を伸ばすように、探している幸せが何であるのか考えます。
携帯電話にあなたの名義と住所が通知された時、姓名に変わりないだけで、曇り空から漏れた日を浴びるような気持ちになりました。組み体操で背中に人を乗せるのに、男だから力あるのよねと話していた代田さんを思い出すと、幸せなお母さんになっていて欲しいとも思えました。
あの頃、恋に悩む自分を弱弱しく感じて、必死に隠していたけれど、ウェルテルの悩みのように、世界で有数の文学者であっても、深く危なっかしい問題なんですね。
ただ、 歌にならないことをしている自分が残念です。まだわからないけど、
私だっていいところもあります。先頭を争う男達が、私を、馬や鹿の走りだと笑っても、最後まであきらめないで、あなたの幸せを見届けたいです。

昨年に引き続き、節電がやかましいです。冬は北海道の網走に来たほどに寒く、足湯をバケツに用意していないと霜焼けになるのに、夏は、魚を取り出した塩水を床に流すだけで、大分、暑さはやわらぎます。
昼食後、外に出て、日光を反射する桜の葉を眺めていました。
その前で、男子の運転する 自転車のリアキャリアに女子高生が腰掛け、右に左に揺れるのを、二人で楽しそうにしています。女子の手にしたペットボトルから、水がほんのわずか、アスファルトに零れました。
隣に座る代田さんを美しいと感じた日から二十年近くなるのに、この間、夜道を歩く君の姿を目にして、同じように感動しました。 それから、鏡を見ては、真一文字に閉じない自分の唇を気にしたり、頭を触ったり、釣り合える容姿になりたいと思春期にかえる自分がいます。
ずっと高嶺の花でした。いつまでも蓮華のように美しくいてください。
年々、温暖化により夏の暑さも厳しくなるようです。どうかお元気で……


今年も土用丑の日に、店頭で鰻を焼きました。網の上に残ったタレと焦げを、トングで叩いて、燃える炭の上へ落とすと、甘い香りの煙が立ち上ります。その日は、ラジオ体操をしにきた子供達にアイスを配る最終日でもありました。
アイスにばかり目がいき、誘われるままに来ているだけの小学生を、従業員達は、笑って見ていました。彼らと同じような頃、恋心を抱いて、メールを送る私であるから、一人だけ笑うことが出来ません。
それでも、壁を前にして、胸に手を当てると、君の姿が浮かんできます。真面目に本当のことを言う正直なところが好きでした。ぐれないで真っ直ぐな気持ちになれます。
8月も、まだまだ暑い日が続くそうです。今年の夏を、健やかにお過ごしになることを祈っています。

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮 藤原定家

昼に仕事を終えて、帰る道すがら、荒れ地の草むらが、真夏の烈しい日光に照り輝いています。まぶしい緑の海面のような葉並は、ピラミッドの頂点と重なった太陽を、崇め祭った古代人の畏怖を想像させます。空高く肌に涼しい秋は、散り散りのいわし雲、斜陽を浴びるススキの穂波、枯れる前の紅葉、釣瓶落としの日暮れと、その寂しさで人恋しくなります。歳によるものか、夜中に、今年の夏を抱きしめたい気持ちになりました。水辺に草のしげる川まで車を走らせて、公園内を散歩しました。踏みしめる砂利の音と共に、日中の太陽の熱を帯びた草いきれが鼻先をかすめます。小川のせせらぎは、陽気なひそひそ話を聞いているようでした。橋のたもとから、暗くて見えない川の流れに、緑の葉を投げ入れると、今日、君の胸中で、どんな言葉が浮かんだのか知りたくなりました。それは、代田さんが誰よりも素敵な人だったからです。どうか私のしたことを許してください。

世田谷の希望ヶ丘では、お盆に田舎へ帰る人が多くて、店内は閑散としています。外に出ると、澄んだ青空に羊の群れのような鰯雲が浮かんでいます。もう秋が近いです。
昨日、くら寿司のカウンター席で、食事をしていると、宮田さんが現れ、私と気付かず隣に腰掛けました。しばらくして、連れの小柄な女性が、お姉さん、○○さんは、結婚式であれ着るのかなと聞いています。それから、いくつか男の名を出しては、持ち運ぶのを手伝ってくれたとか、気さくな感じがいいとか他愛もなく話していました。 自分のしていることを考えると孤独がつのってきます。それでも、あなたが振り返ってくれると思うだけで嬉しくて、何度も書き直したメールを送っています。「負けると知って闘う方が遥かに美しい」とシラノドベルジュラックのように最後の恋心を、最愛の君へ伝えてみせたいです。

毎年、お盆明けには、新漁サンマがわんさと水揚げされて、1尾98円ぐらいで味わえるのに、今年は、まだまだです。秋から冬にかけて近海魚の旬を迎える忙しさを思うと、人手が明らかに足りません。
今から四、五年前、地元のコンビニで雑誌を立ち読みしていると、君が幼い子供の手を引いて、交差点で信号待ちをしているのに気がつきました。私は堰を切ったように走り、横断歩道の途中で追い越すと人違いでした。
知里さんは、容姿に恵まれて、素敵な人だから、一途になる男性は、沢山いると思います。それなのに、どら声で威嚇するライオン、角を突き合わせるシロサイ、羽根を広げて踊る孔雀のように、あなたを誰にも渡したくありません。でも、夜道で、男性と楽しそうに歩いて帰る君を見掛けたら、そっと花束でも置いて帰る気持ちにもなれたでしょう。
生活で、鼻をつまむことの多くなった私には、心から人を好きになれた日が懐かしいです。代田さんのこと、誰よりも愛していました。

前田敦子の卒業公演に、22万人が殺到したらしいです。可愛い女の子を投票で決めるなんて愚かで卑しいけれど、前田がエースになることで、『みにくいあひるの子』は白鳥であるようなメッセージを、ファンの声援から聞くような気もしました。
会場内外で涙を流す人達は、前田にどんな幻想を抱いているかは知りませんが、私を突き動かす力もイリュージョンであることを疑いません。
人は物心のつく頃に一生の幻を抱くのでしょうか。小学校6年2組の教室でプロ野球選手を初めとして描いた人生の完全な夢を、時と共に、私は手を触れながら、壊してきたともいえるでしょう。
昔、エメラルドグリーンのプルオーバーを着た君が自転車に乗って向こうから来るのに、ドキッとして首を横に向けたのと同じ色合いのニットドレスで、雰囲気変わらず綺麗な姿で歩いてくるから、嬉しくて時間よ止まれと思いました。
107号室を後にしてから、もう一度同じ夢を一緒に見たかったです。誰にも言えない自分のわがままから…… 本当にごめんなさい。

昼に起きて、窓を開けるともう涼しくて、澄んだ青空が、いつもより高いです。昨日、全店の主任と店長が、本部に集まりました。産毛しか生えていない頭をした社長は、私を見掛けると、俺の方がもっとあったぞと辛口の冗談を叩きます。しかし、この度は、厳しい目を崩さず通り過ぎました。電気料金の値上に端を発した空前の不景気を前にして、タイムカードを新しくし、個人の勤務情報を細かく本部に吸い上げ、労務管理を強化するということです。
話を聞きながら、黒雲が遠くからゆっくりと近づくような不安を覚えました。あなたの方は大丈夫ですか? 雨降りなら君の大事にしているものを傘になって守ることぐらいできたら嬉しいです。
その 実、不如意な自分から逃げているのかもしれません。
それでも、知里さんは『真珠の耳飾りの少女』のように、考えさせる美しさがありました。今でも思い出すほどに会いたくて、いたたまれなくなります。心から好きでした。いつかあなたの隣を歩きたいです。

今朝、雲一つない青空が遠いから君を想います。
昔を蒸し返すようですが、 かっぱ寿司でお会いした後、あなたを忘れることができなくて、手紙を出そうとするあまり、父親が学生の頃過ごした高野山へ行ってきたことがあります。失恋男子の聖地と言われているところです。
昔は徳川家康正室でさえも入れなかった女人禁制の金剛峯寺曼荼羅は、中央に女性的魅惑をたたえた仏様がいます。池を作り、弟子の教育に励み、多くの書物を遺し、一生を社会的事業にだけ専念した空海は、ある女性への想いが炎となって浮かぶ家庭の幸福の幻と闘っていたのではないでしょうか。旅行者ノートに、月並な恋の悩みがいくつか書きなぐってあり、同じような自分の胸中を恥ずかしく思えて、冷や汗をかきました。
先頃、本部からパートさんの限度時間数を記した用紙がきて、私のところだけが大丈夫で、他は人件費を削減しなければならないのです。こんな世の中だから、世界で一番好きな人が、幸せでいることを、一続きの青空に祈っています。

朝6時から夜9時まで魚と向き合って、もう10年になります。三十路に入る頃から、将来に漠然とした不安を抱くようになりました。結婚したくても、仕事の稼ぎや容姿だけでなく、心の浮き沈みが激しくて、自分から人と深くかかわるのを避けていたところもあります。
代田さんは、大河ドラマの女優の顔立ちで、美的に洗練されていると思います。那智の滝の山上に、青空に映えて咲く桜のように、私には、あまりにも高く、遥かに遠いです。それでも、無邪気な君の姿を思い出すと、波長を合わせて、上手くやっていけると夢見ることをやめられません。
こうしている間も、 虫の鳴き声が部屋に絶えることなく響いてきます。胸に幾重にも木霊するようです。もう秋ですね。知里さんのこと、ずっと好きでした。

君恋ひて世をふる宿の梅の花 昔の香にぞなほ匂いける
紀貫之

秋風にかきなす琴のこえにさへ はかなく人の恋しかるらむ
忠岑

 夕方、 長池見附橋を散歩していると、風が吹くたび肌寒く、虫のかまびすしい鳴き声も、緑の葉に、秋の訪れを伝えています。
浄瑠璃姫が愛する人の後を追って入水したとされる長池は、覆いかぶさる桜の葉と枝をも映さないほど、暗く深いです。
引っ越して間もない 高校生の私は、石碑に刻まれた由来に、世間の汚れを拒む、一途に清らかな愛の象徴を、気楽に読むだけでした。
今日では、今なら間に合う、今この時間なら間に合うという姫の必死な叫びが、池の底から聞こえてくるようです。
贈られた数珠を大切に持つ姫の心は、卒業式で制服のボタンや髪留めを乞い願う生徒の夢想に近いのでしょうか?
クリスマスプレゼントを親にねだったことのない私でも、隣に座る可愛くて美しい君のすべてを欲しいと思いました。綺麗な横顔を見ては、いけないことのように、顔をそらしました。
水面に波紋が生じると、あの胸の鼓動がよみがえってきます。
二人で歩いた帰り道、夢の目覚めに残る手のぬくもりを、大事に出来たあの日の自分は今いずこ。

 

中学2年生の夏、夜中、トイレで踏ん張ると、白いパレットのような便器に、血がバラの花びらのように飛び散りました。入院先の病院で、寝た切りになる焦りから、詩を書いたことがあります。

カメのように

 カメはのんびりしている カメはゆっくりのしのし歩く そんなとき、ぼくはとてもうれしくなる エサをもとめているようにも見える
 チャプン チャプン チャプン 
なんかのんびりした気持ちになる 陸地でカメがあくびをしている 祭りで買っ
たカメ どう思っているのだろうか だしてくれと言っているのか 桃源郷のような所だと言っているのか ときたま、考える 赤いほっぺをしたカメがこっちをむいた
 「ここは桃源郷のような所だね」 と言っているようにも見える また水に入った
 鼻から液をとばした カメが陸地に行った あくびをした ぼくはまたのんびりした気持ちになる 元気がでてくる ぼくはカメのように生きたい 

不安が限り無く募る中で、大学ノートを広げて書いたのに、今日読み返すと、のん気に構えているみたいです。反対の感情を呼び起こすことで、心のバランスをとっているのでしょう。
世間では、子供の遊びは大人を真似て、大人は酔いを借りて、子供になろうとしています。私は年を重ねて、失うものを自覚するたびに、気持ちをはっきり表す美しい代田さんの姿を、思い出さずにはいられません。こんな私の気持ちを、代田さんだけはわかってくれると、子供になって甘えています。
昨日は大丈夫でしたか?
車を激しく揺さぶった 台風が去って、日中、蒸し暑く、額の汗を何度か拭いました。 見上げると、果てしなく広がる青空は、君のようにいつも人の憧れを誘うんですね。

近所のスーパーで、名取君の母親がいました。
昔、自宅にお邪魔すると、居間に、お揃いのテニスコートを着て、二人笑顔でこちらを向いている写真が掛けてあります。眼鏡をした背の高い夫は、賢そうに微笑みながら静止しています。それは、母親の嬉しそうに話す声を聞くほどに、意味合いを増してくるのでした。学校で、些細なことから、喧嘩したりする私は、男女間に、こんな楽園があるのか不思議だったのです。
先日、尊敬していたマネージャーが、職場不倫していたと知って、がっかりし、口も利きたくありません。人のイメージを裏切られ、見方を変えながら、大人になるのだとしたら、そのたびに、君がどうしているのか気になります。
秋の深まりが、身に沁みて、寂しくなると、相思相愛を心に浮かべます。それは、きっと、花輪を作って愛する人に渡す、人間本来の理想なんでしょうね。

仕事を昼に終えた帰り道、ススキの穂が、群れをなして、風にそよいでいます。真夏の日光に照り輝いていた草むらは、白く薄い花穂の波に姿を変えます。雄蕊は花粉をつけ、雌蕊は、それが、風に運ばれてくるのを待っているのでしょう。
太陽を軸とした地球の軌道が、それぞれの季節を表しているんですね。回転している青く光る球の中にいて、私は何をしているのでしょう。
夜になり、空を見上げると、星にあなたのイメージが、重なります。キューピッドが、力強く引いた弓矢の軌跡を思い浮かべて、星に願いをこめています。
この思いが、いつか届きますように

小学生が店内に流れ込んできて、魚を卸している私の近くに集まると、餌を求めるアヒルのように、背伸びをして、覗いてきます。
自分と同い年ぐらいの男性教諭が、そばにいて生徒達を眺めていました。
担当者が、楽そうじゃない? 小学校の先生の給料はいいんだろうね? と聞いてくるから、見学を終えた教室で、ガムが出てきたりしたら責任問題になるし、それなりに貰えても、大変じゃないかなと答えました。
魚の中からスズキを見かけた男子の一人が、友達を手招きで呼んでいます。稚拙に思える彼らであっても、経験に乏しく、言葉で表すことの不得手ゆえに、膨大な感受性が内に溢れていると、今だに君を想うことから考えさせられます。周りの大人ほど、私は子供を笑えないのです。
あの頃、あなたの姿が目に映るだけで嬉しくて、幸せな気持ちになれました。春に、バスを降りて歩く君を見て、こんな素敵な人はいないと改めて思いました。余計なお世話でしょうけど、知里さんは、幸せなお母さんになって欲しいです。

先週よりも多い100人近い小学生が、店内を歩いています。私がブリを卸していると、「うまい」「スゴイ」「上手」と口にします。パートさんが、悪い子達だと笑っていました。ある女子が、お忙しいところ失礼しますと大人びて聞いてくるから、どんな教育を受けているのか気になりました。
本屋で、高学年の参考書を立ち読みすると、幕末の思想家である吉岡松陰が、大きく紹介されています。超人的ヒロイズムに、心打たれてしまうのは、大人になれない自分の内なる声を聞くようでもありました。また、教育指導要綱には、冷たいの対義語を優しいと答えた生徒に優しく説明する旨が、例を交えて細かく書かれています。私にも、いくつか思い当たる節があり、涙をこぼしそうにもなりました。あの頃は、先生の苦労も知らず、あなたのことばかり探していたんです。
恋多き同僚の一人は、つい最近結婚しました。君を教室で初めて見た時に、気が合いそうだと前に身体を乗り出すような衝動が、彼の場合、多いのではないかと思います。私には、このインスピレーションに似た経験が、代田さんだけでした。凹凸のように、完全にピッタリすることはないだろうけど、自分の性格だけを抜き出せば、合う人は君しかいないと思うから、こんな迷惑をかけています。君が心から嫌だとわかれば、私は素直にあきらめることが出来ます。それだけの気持ちを、多くの愛情に育まれる中で、学んできたのでしょうから……

昨夜、帰りがけに、つけ麺を食べたくなり、府中の国際通りを歩いていると、お兄さん、マッサージしませんか? と聞いてくる女性がいます。以前、同じ店の惣菜で働いていた中国人です。向こうも気付いたらしく、恥ずかしそうに笑っていました。パブの仕事も不景気で失くなったそうです。生活の資を得て生きていくだけでも、大変なことなんだと思いました。
私の場合、週一度の休みに、疲れから朝早く起きることも出来ません。結婚したくても、心もとないサラリーだし、愛情を伝えるだけのプライベートタイムも少ないようです。冷静になると、君の睨む顔が脳裏を掠めて、晩秋の寒さにひしがれるような、申し訳なさも募ってきます。
朝方、ネズミ獲りに掛ったネズミを目にしたパートさんが騒いでいると、ネズミが世界中でこんな風に忌み嫌われていると想像します。部屋に飾っていたミッキーマウスのポスターには、皆に愛されるネズミにしてあげたい君の愛情の表れを感じていたから忘れないのかもしれません。私には、アンパンマン鉄腕アトムのように、英雄への憧れが強くて、代田さんの求める不思議な世界が、とても魅力的でした。あなたの純粋な愛情が、大人になって形を変えはしても、夜の闇の向こうから、胸中に響いてくることがあります。それは、真っ直ぐに歩こうとする私の良心の支えでもありました。

近くに競合スーパーが出来るとあって、その対策にあくせくと働いていたら、頭痛と喉の腫れが治まらず、久しぶりにダウンしました。口から出る熱い吐息に、寝ながら耳を澄ましていると、磔刑に処せられたキリストが頭に浮かんできます。
聖書には、人を愛し続けて命を落とす人間離れしたイエスの姿が綴られていて、信者の誰もが彼を神の子であると崇めるのもうなずけます。江川さんや大岡君が手にしていた親譲りの十字架は、人の子として出来る範囲でキリストの愛を行い、その教えを広めようとする象徴でもあったのでしょう。
それよりも、私には、代田さんの愛に悩む迷いが、ミッキーマウススヌーピーに表される可愛らしい姿に、心惹かれるものがありました。子供が道端で辛そうに涙を流していると、胸を突かれて声を掛けたくなるのも、君のような人であったらと思うからです。
この頃、あなたの姿ばかり思い出して、胸に湛える愛情を、周りや相手構わず届けようとする初めての恋心に戻るようです。それは、手に伝わる胸の鼓動を、不思議な気持ちから微笑んだ日のぬくもりが、日常の空虚感を虹色に満たし、自惚れから見上げる夜空に愛の希望を思い起こさせもするんです。どうか私の失礼をお許しください。

金魚が金魚鉢にいるのを知らないように、私も同世代の影響を受けているのでしょう。近年、ポスト団塊世代のストーカーが多発しているということです。Facebookのレコメ枠に同窓の名が出ると、交友範囲が広がり、距離もぐっと狭まったように感じます。しかし、その綺麗に着飾った内容に接すると、内面の浅い触れ合いが増殖していく危惧を覚えます。心深くで共鳴できるものに、本当は飢えているのではないでしょうか。
気持ちを真っ直ぐに表す代田さんは、純粋な美しさであふれていました。また、大人の階段を上るにしたがって、傷つき崩れそうな不安を見る人にさせもします。君の姿を守りたい思い出が募ってくると、今も、幸せでいるのか気になります。
誤解を恐れずに言えば、落合団地に集る親子は、守る土地も無く、食物より一冊の本を子に与えるユダヤ人のようでした。駆け引き上手の商売人でした。だからこそ、ルノワールも描く、少女の普遍的なあなたの美しさが、際立っていたのかもしれません。

仕事を半日で終えて、帰る際、ポプラ亭前で車を路駐しました。迷った挙句、西海ラーメンを食べて、車に戻ろうとすると、こうご動物病院の看板が見えます。
Facebookに推薦された熊谷さんの勤務先だったような気がして外から中を覗きました。風邪をひけばいく内科病院ではなく、アンティークショップのような内装です。内扉から出てきた向後さんと目が合うと、野犬を見るように目を細めています。構わず煉瓦石に乗りあがって、ガラス窓高くに貼られたスタッフの写真に目を通しました。わん
こ会の模様で、彼女は犬を笑顔で抱いています。自分の育った場所への感謝が透けて見えて、温かい気持ちになりました。きっと、幼馴染みである代田さんとの出会いが、知に走る心に生命と温かさを与えたのだろうと思います。
卒業式を終えて、いつも上っていた坂道を下る二人のアルバム写真に、目を止めたことがあるのも、パラノイアでは無く、心を閉ざしていた私に、スピリチュアルな表れを感じさせたからでしょう。
街路樹も枝ばかり見えて、もう冬ですね。12月を前にして、雲一つない青空から浴びる日差しは、コートを身にまとうようで嬉しかったです。

希望ヶ丘店の惣菜部に五十過ぎのフィリピン人女性がいます。他店に異動して間もない26歳の主任から、度々店に電話が掛ってきては、何で夜中の電話に出てくれないのかを優しく問いただされるそうです。私にだって、デリカシーやプライドもあるんだし、寝る時間に電話が鳴るから子供も頭にきているのよと彼女は怒っています。主任は、結婚して、二人で居酒屋をやりたいらしいのです。
その話を聞くなり、草むらにそそぐ初夏の日差しを見つめながら、1%の自惚れと希望があれば、恋は出来ると君にメールしたことを思い出しました。
きっと、彼は初めて恋したのが遅すぎたのだと思います。男性は、赤っ恥をかく経験を通して、惚れることを警戒し、用心しいしい付き合う大人になるのでしょう。
帰りがけの車内で、この冬初めて、足の指先が痒く霜焼になりました。魚屋が最も忙しい季節になったと身に沁みます。知里さんも身体に気をつけて頑張ってください。幸せでいることを、遠くから願っています。 

雄の小鳥が、小枝を口に挟んで、幹の窪地に何度も持ち運びます。それを使って、雌の小鳥が、卵を気にしながら、せっせと巣作りに励んでいます。就寝前に、その光景を頭に浮かべては、自分の本然から望むことも、小鳥と大差ないような気持ちになります。
ヴァレリー曰く、人類の歴史は、自然と戦い、人の為なる秩序に変える試みでもあるそうです。小鳥に似通った男女のジェンダーに異を唱えるボーヴォワールの訴えも同じことと言えるでしょう。
今年最後の休みに、帰途につく君の姿を、もう一度だけ、眺めに行きました。本当にごめんなさい。遠くを歩く代田は、とても美人な雰囲気で、すぐ目を引きます。マフラーが素敵でした。母娘関係のもつれから、自立した女性でありたい思いをさらに強くして、今日まで頑張ってきたからと背中が語っているようにも想像しました。あなたが好きでした。自家撞着になりますが、蛤を食べる雛祭りの願いのように、幸せでいて欲しくもあります。
聞いてもいないことを推測して考えるなんて病でしょうか。知里さんは、私の心の中で、小鳥のさえずりが清澄な空気に触れて響き渡る森に、ひっそりと残された夢を映す泉でもあったんです。

クリスマス商戦の発注をしていると、売場で食材を探すカップルの囁きが聞こえてくるようです。
昔、高校野球の練習を終えて帰る9時頃、多摩センター駅前の坂の途中に、大きなクリスマスツリーがありました。キリスト教圏では、イエスの降誕日に倣い、常緑樹であるモミの木の下に「愛」のプレゼントを置きます。赤・黄・青のイルミネーションを前に、2、3組の男女が、肩を寄せ合い腕を絡めていました。その場で強く感じたそぐわなさは、コンプレックスよりも、私の生い立ちによるところが大きいです。
道徳の目標を神の前の平等とする愛の教えと、幼い頃から父親に聞かされた空海の超人(スーパーマン)思想とは、最も相入れないものだと思います。江川さんや大岡君の母親が、イエスを口にするように、私の父は、空海ほどの超人はいないから、自らは、市井の立派な父親として生きていけば良いという純粋な気持ちを口にしていただけなのでしょう。
さらに坂を上がると、人は誰もいなくなって、アテナを祀るパルテノン神殿に似た建物が、暗闇にひっそりと現れました。人間の欲望を肯定し、それを清め、高めていく古代ギリシャの精神は、実にストイックであるけれど、私のように最大の女神アテナの愛を願うんですね。あなたのことが好きでした。どうか幸せでいてください。知里さんが選ぶ男性は、立派な人であると信じています。

今朝の新聞によると、多摩市豊ヶ丘貝取商店街に、一年経ってもスーパーが入らないそうです。
半ドンの帰りに、豊ヶ丘商店街バスターミナルを車で横切り、南野公園に添った通りを抜けると、落合団地が見えてきます。立ち寄ったスーパー 江戸やの店内は閑散として、30分あまりで、高齢者一人の客を見ただけでした。東京音頭の鳴り響く夏祭りに、店内に入れないほど混んでいた記憶がよみがえります。
小田急OX等の上場会社は、金の落ちないところから、すぐに撤退するんです。その後、過疎化の進む立地で、地域住民の思いに応えて、商売するのが、私の勤める中小スーパーの使命なのでしょう。
年明けに、まな板の作業を十分に出来ない担当者と仕事をすることになりました。震災から2年近くなるのに、景気の先行きも不透明で、さらなる波がくると覚悟しています。
ブレザーを着た沢山の生徒が商店街を下校する中に、君を見つけたことがあります。後ろを振り返る姿が誰よりも綺麗で、今でも雲間から覗く青空に、投影します。壁に当たると、空を見上げて、あなたに頑張りますと告白している気がするんです。どうかお幸せに……

明けましておめでとうございます。
30日の夜は、寝ないでまな板で魚を卸し、31日に、在庫品を売り切り、無事に正月を迎えることができました。寒いバックヤードで刺身に追いかけられると、昔見た、あなたの部屋の窓明かりを思い出します。
2500年前頃のギリシャアテネは、現代社会生活の源流といわれています。学校の教育科目は、詩と音楽と体育だけでした。キリスト教道徳に染まっていない世の中で、男子は、個人的なものから普遍的なものへ、肉体的なものから精神的なものへ、ひたすら美しく生きることを望み、パルテノン神殿に祀られた女神アテネを信じ、その愛を夢見ていたのです。アテネ像は、君のように気品のある顔をして、目でわかる単純簡素な美しさで溢れています。
私のしていたことも、丘の上の神殿を見上げる素朴なものであったと気を悪くしないでください。代田さんの幸せのためなら、自らの人生を捧げ、死んでしまいたい気持ちが、心の奥深くから今も湧いてきます。昨年は迷惑を掛けて申し訳ございません。今年も、頑張りたいです。

河童寿司店で、ご一緒だった人は、君の父親だったのかもしれません。誰よりも美人でステキな人でしたから、いい寄る立派な男性も多いし、すぐご結婚されていると思い込んでいました。
先日、久しぶりの満員電車に揺られながら、メールの内容を考えていたら、女性のやめてくださいという金切り声と共に、手を叩く音が聞こえたのです。プールの授業中に更衣室からパンツを盗まれた遠田さんが、教室で泣いていたことを、ふ と頭に浮かべました。
男子の低級な知識欲からしたことであっても、女子があれほど悲しむのか理解できなかったのです。
後年、三島由紀夫の『痴漢について』で、男の性欲が主体的であるのに対して、女は、対象としてのモノ(オブジェ)になるところに存在理由があるから、なんとか主体性を回復したいと思っている。女性にとって身体の美しさは、普遍的な女一般に属するものであって、個性と主体性を自ら認めない傾向があるそうです。そして、痴漢は、主体性(人格)を完全に否定した存在であるから忌み嫌われると述べています。
夜中、電灯に何度も頭をぶつけるカブト虫のように、1パーセントの希望に導かれて、思いのすべてを伝えようと、いくつもの言葉が、私の脳裏に湧いてきます。真面目なあなただから目を通してくれているとは思うのです。車中に響き渡る声や、教室中に伝わる泣き声が、あなたの胸中に少しでもあるなら、とてもできないはずなのに、本当に、ごめんなさい……

今年も関東平野に大雪が降りました。駅までの坂道を下る途中、薄氷に足を滑らせて浮き上がり、制しきれないほどの力が、全身に伝わる刹那、私は道端に倒れていたのです。それから細かい足取りで歩いていると、前からくる朝帰りの女の子の二人が、転倒しました。一人は、肘を片手で痛そうに抑えて坂を上がってきます。冬来たらば春遠からじと詠うシェリーの詩を想い浮かべても、前途はやはり不安です。
これから向かう社内では、消費の低迷を見込んで、人件費の削減を、最重要課題にしています。この一年、鮮魚部でお荷物と噂されていた社員が三人辞めました。自分も社内のスケープゴート(生贄)にならないために、頑張っている気がします。紙上を賑わすイジメ問題も、大人の社会不安からくるのでしょう。
雪道は大丈夫でしたか? どんなときも、代田さんの味方でいたいです。知里さんの幸せのためなら、死んでも構いません。どうか元気でいてください。

君の微笑みが、胸中に浮かぶと、服の胸元を握りしめて、もうすぐ一年になります。つかもうとしては、あなたの面影薄くなり、黄金色に輝く蝶が、手の隙間から消えていくような気持ちです。
スーパーで10年働くと、女性が、子供を産み育てる場合、選ぶ男性でライフスタイルも大きく変わると肌で感じます。
惣菜部に子供2人を抱えたシングルマザーがいます。家事と仕事に追われ、苛々していることも多く、職場の仲間と飲みにいくと、いつも酔いつぶれるそうです。
落合団地でも、優秀で上品な生徒の多くは、駅から近く、分譲地の多い北落合に住んでいて、粗野でたくましい生徒は、駅から遠く賃貸住宅の多い南落合に住んでいるようでした。資本主義の世の中では、お金のある方が教育環境も整い有利なのでしょう。
自店で働く彼女の家庭からは、代田さんのように可愛くて美しい子供は望めず、また、進路の可能性も限りある気さえします。
私も、このままの稼ぎでは、赤い糸に結ばれた人がいたとしても、幻滅させるのではないでしょうか。
今日の満月は綺麗ですね。
あなたがいつも幸せでありますように……

1月初旬に降り積もった雪も、20日頃には、道端にちらほら見えるぐらいで、小寒の氷大寒に解くというものですね。この時期に、脂を蓄えて美味しい寒魚を、切身の厚さや刺身の内容を日々変えることで、値段を下げずに利鞘を生じさせようと、どのスーパーも取り組んでいます。タラ、ブリ、サバ、カキのアレンジされた食事提案は、現代人の多様化した生活の一端を垣間見せるようです。 大人になるに従って、人それぞれ好みも違うし、調子を合わせ取り組むことが難しいと感じています。ましてや、男と女が一つ屋根の下で、生活を共にする等と考えるだけで、私には大事業に思えます。多くの出会いを見聞すると、合う人を見つけるのには、探すよりも直観(におい)で、溶け合うような印象を持ちます。
私に合う人はいないと半分あきらめていても、心の神殿に現れた君の姿から、多くのプラトニックなラブソングが聞こえてくるんです。口を利いてもいないのに、心も体も、すべてあなたのものでありたいと願います。
新物のほたるいかが、今日、売場に並びました。もう春は近いですね。今年も青く光る群雄が、夜空から星の輝きのように見えるのでしょうか。

2月3日節分に、恵方に向かって太巻を丸かぶりする風習が、関東でも定着し、一年で最も海鮮寿司の売上の高い日となっています。朝から日本古来の7福神に因んだ7つの具材を入れた太巻を、巻き続けました。開店後、今年の恵方である南南東に向かって、縁を切らないように、そのまま、福を丸かぶりしてくださいと店内放送を入れました。あなたの住む西谷町も、私の自宅からすると、今年の恵方でもあります。言葉通りに丸かぶりしてみました。
未来は誰でも不安であるから、無病息災に乗り越えていく願いを、伝統を受け継ぐ力に頼るのでしょう。
この一年間、星のように遠くへ感じていた君に、メールを送れることが不思議に嬉しくてなりませんでした。どんなに不埒なことと自分に言い聞かせても、雲の上の楼閣に暮らす天女を振り向かせる魔法の笛を、現世において、手にしたような気持ちになっています。
Iphoneのアップル社を創業したジョブズ氏は、血の通わない両親に育てられ、興味を持ったコンピューターを、道具としてではなく、家族の一員のように、無くてはならないものにする夢を持っていたそうです。1981年、ガレージの自宅で彼は友人に、未来の電話だと、iphoneの原案を語っていました。
30年後、私は、それを初めて手にして、あなたを胸に想い浮かべたのも、彼の魂が長い年月をかけて、太平洋の大海原を越えて、伝わってきたからかもしれません。また、可愛くて、真面目で、しっかりしていて、美的感覚に優れている知里さんへの幾多の男性の囁きが、草原から秋の虫の鳴き声のように聞こえてきます。どうか、お幸せに……

 日ごと天に昇る太陽の熱を身体に受けるように、ここ数年、あなたの姿が脳裏から離れません。
両親と買い物をして帰る道すがら、高層団地に囲まれたT字路で信号待ちをしていると、清楚な身なりをした高校生の男女が、手をつなぎながら、帰ろうとしています。女子が石段に足をとられて、ほんの少し前につんのめりました。すると、男子が振り返り、微笑んでいるんです。以前なら、自分の青春の1コマに無いものだと、自問自答をして、首を傾げていたものです。皺の無い制服を着た2人の背中が遠ざかると、その行く末を思いめぐらし、目頭が熱くなりました。
来月の20日で、32歳になる私は、薄くなる髪と共に、青年の終わりを自覚しているのでしょう。君の姿を思い出して、青春にサヨナラを告げています。就寝前に目をつむると、遠く離れた丘の上で駆け回る自分が、代田さんの笑顔を見つけるんです。燃えるようなトキメキと出会えたことを、嬉しく思っています。ありがとう、おやすみ……

新年会に参加すると、決まって結婚の有無が話題になります。
27歳で主任になる前は、綺麗な女の子と話すと、少しばかり早くなる胸の鼓動を感じていました。人を恋から救うのは、理性よりむしろ多忙であるというのでしょうか。追われるように働いていると、 心にある愛の泉が枯れ果てます。それでも、胸に手を当てると、真珠の輝きに似た砂漠のオアシスのように、あなたの姿だけが湧き立つのです。
4人の 男性社員がお酒を飲みながら、キャバクラに通って色々な女性とデートしたり、麻雀や賭け事のことを楽しそうに話していました。アラフォーの独身男性は、デカダンな雰囲気がでてくるというのも本当だと思います。出来れば、私は自分が若いと思えるうちに結婚したいです。
送信ボタンをタップしてから、君が携帯を手にする姿を思うと、私は帰るべきとこへ帰れた気になります。前に進もうとするのと同じぐらい戻る場所を探しているんですね。一年間、一葉一葉を、花束〓を贈る気持ちで、書き続けてきました。どうかお幸せに……


鮮魚部で働き始めて10年にもなると、入荷した魚を検品した後で、どのように販売するのか、自然と頭に浮かぶようになりました。それでも利益と売上の予算が高くて、朝4時に家を出ることもしばしばです。
休日は、甲羅干しをする亀のように、疲れから家でのんびりしています。さらに厳しい条件で働く人を新聞記事で読むと、少しの間、癒されています。
先日、多摩センター駅で降りると、行き交う人の顔に、「こんなはずじゃなかった」という表情が浮かんでいるように見えました。歩いて行った落合団地は、人影が少ないだけで、景色は、昔とほとんど変わりません。北落合小学校横の3-2沿いの通りは、日当たりの良く、好きだった場所です。前から自転車に乗った君が現れた日を思い出します。心がすすけてきても、代田さんを思うと、純潔な少年時代のように、聖母の理想を胸に抱く自分がいるんですね。
中学校卒業前に、1組の教室に入ったことがあります。あなたは私の近くへきて、こばっと呼びかけました。夕飯のおかずが嫌いで食べられなかったことや、朝、寒くて寝床から出られないことを、楽しそうに話していました。私も、あの頃のように、些細なことに喜びを見出して頑張りたいです。

仕事を終えた帰り道、稲城中央公園前に路駐し、外に出ました。グラウンドまでの坂道を上る間、頬に触れるそよ風に、芽吹く春の訪れを感じます。闇の中、トイレの窓明かりが、木々の葉をほのかに浮かびあがらせています。一月もすれば、400mトラックの周囲に群がる緑の葉並が、すべて薄紅色の桜の花に姿を変えるでしょう。時々、車の通り過ぎる物悲しい音が聞こえてきます。誰もいないこの場所が、夜桜をめでる人達で殷賑を極めるなんて、信じられません。鼻先をかすめる草いきれに熱がこもっていて、地中でじっとしていた虫達も、もうすぐ這い出てくる気配すらします。「江戸時代、武士の間では、『勝つ男武士』と語呂の良さから人気がありました。新学期を迎えるこの頃、カツオを食べることをおすすめ致します。」とさっきまで売り込んでいたことが頭をよぎります。初ガツオを手にして、また一年経ったと思いました。
桜の花のように、私の胸の中で、あの頃の君が微笑んでいます。本当は、今すぐ会いたいです。知里さんにとって、より良い春夏秋冬でありますように……

鮮魚部で同年齢の社員に、3人の子を持つ小林君がいます。高卒の多い部内では、大卒というだけで、目を付けられることも多いのですが、着実に信頼を重ねて、半年前にバイヤーになりました。
同社の社員でありながら、仕事と家庭を両立させている彼は、私にとって、希望の星でもあったのです。しかし、上司のパワハラに合いながら、半年間、休みなく働いた揚句、離婚するに至りました。昨日の部会では、皆の前でプレゼンする彼がいません。隣の人に聞くと、鬱病を患い、すべての役を降り、休職しているそうです。
大学病院に勤める看護師の奥さんの方が、給料が良く、どちらかといえば、小林君は、主夫であることを求められていたそうなのです。パートさんに、やたらと優しくしていた理由も飲み込めました。
ウソが本当らしくみえればみえるほど、美しく見えるというのが、ウソの法則であるというのでしょう。こんな簡単な原理を、私だって、人付き合いの中で学んできたのに、夢を見ることをやめられません。大人になると、現実の醜さに直にぶつかることが多くなって、引きこもってしまいたくなることもあります。と同じほどに、あなたの携帯を持つその手とつないで歩けば、シンデレラ城に住むぐらいの幸せな光景が、目の前に広がるような幻想を抱きもするのです。本当に、ごめんなさい。
自分や人の上に夢見ることをやめられないのは、誰だって、変わらないのではないでしょうか。

夜間バイトに、50近いテレビ役者を業とする男性がいます。同じく午前にパートできている中学の同級生の奥さんに苦労を掛け続けてきたからと一所懸命に働いています。話も理智的で、刺身と寿司の値引きを頼んでも、単品ごとに細かいところまで、売れ行きをチェックして、完璧にこなしてくれます。茨城県にある日立の幹部を育成する高校に進学するも、一年の夏に中退して、役者になるべく東京に出てきました。
彼はもの心つく前に、孤児院の前で拾われたのであって、親の顔を一度も見ていません。いくつかの家で虐待に合いながら、テレビに映る有る男優の姿に、普段の生活にない夢の世界を信じて救われたそうなのです。
私も幼い頃、誰よりも美人な代田さんに恋をして、また、テレビに映る甲子園やプロ野球で活躍する選手達、大学生でニヒルになっていた時に手にした三島文学に夢を見て、それを糧にして今日まで生きてこれたのだと思います。人間は、お金や緑の芝生に赤い屋根のマイホームのためには死ねないのだと思います。きっと、誰もが、心の支えにしているのは、スピリチュアルなものではないでしょうか。今日の午前9時30分に32歳になりました。君の誕生日はいつですか? あなたには、誰よりも強く、優しく、誠実で、綺麗な顔をした男性と結婚して欲しいです。どうか幸せに……

事務所に入ると、「外車で来るのはやめてください」と店長が夜間バイトの俳優に注意していました。駐車場には、大きなベンツが所狭しと止まっています。
後で、維持するのが大変でしょうと聞くと、前に勤めていた自動車屋の主人に頼むと、ほとんどお金がかからないと腕に手を当てました。その店が私の家のすぐ近くにあります。何も知らずに、毎朝毎夜、通り過ぎていたんです。
西海ラーメンを食べに行くことがあっても、君と幼馴染の赤井沢さんが斜向かいの動物病院にいるなんて思ってもいませんでした。
もっと近くに、見過ごしていることが沢山あって、一歩踏み出せば、見え方も変わってくるのかもしれません。
昨日、靖国神社で満開宣言が出ました。素直な気持ちを飾り気なく表そうとする代田さんのように、桜は初春の日差しを受けてそっと咲くんですね。
帰り道、多摩川の河川敷で、気持ち若やぐ花見客が、ブルーシートに座り、夜桜を愛でています。私も同じように、あなたのことを、いつまでも忘れられないでいます。

 

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